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第593話「復活の大蛇丸」⑤

 
<スッ>(重吾)

<ザッ>(大蛇丸)

<スウ…>「………」(大蛇丸)

「ど…ども
お久しぶりッス…」(水月)


「………」(大蛇丸)

もしかしたら…水月は大蛇丸の復活を申し受かった一人だった…
だからビビってるんじゃないかと、僕は考えています(後述)。

<スッ>「大蛇丸
アンタにやってもらいたいことがある」(サスケ)

「そんなこと
いちいち説明しなくてもいいわ…
アンコの中でずっと見ていたから…

呪印は私の仙術チャクラを流し込んだもの…
それは分離した私の意識でもある」(大蛇丸)

ま…それで大蛇丸が呆気なく復活してしまいます(汗)。アンコに仕込んだ呪印…そこには大蛇丸の仙術チャクラが流し込まれており、同時にそれは「大蛇丸の分離した意識」と大蛇丸が説明します。確かにチャクラとは精神エネルギーと肉体エネルギーを人体の経絡系で練り合わせたエネルギーですが、それが「意識」を分離したものである説明はこれまでありませんでした。なので、これは情報生命体として肉体を捨て、精神を肉体から切り離して単独で存在できる様になった大蛇丸だから可能なのだと思います。カブトは大蛇丸は仙人モードに耐えられる肉体を持っていなかった…と言ってましたが、仙術チャクラを練るくらいは可能だったようですね。それもアンコと関係があった頃から…。

つまり、アンコが大蛇丸に弟子入りした頃には、大蛇丸は仙術チャクラを練ることができたし、肉体から精神を分離した情報生命体として在ったと考えられるということです。第一部よりも前の時系列で、大蛇丸は「不屍転生の術」を完成させていたのです。そして、その時点の大蛇丸の「意識」をアンコに閉じ込めた。そして、それ以降、アンコの呪印から世界を見つめ、大蛇丸の分離した意識は独自に発達して来た…。それが今回、サスケの「解邪法印」と「柱間の細胞」によって実体化したと考えるべきだと思います。白蛇の口から服を着た大蛇丸が出て来たのは少年少女の教育上の配慮という事で了承してください(笑)。ここんところは絵の上手な同人の方に任せると致しましょう。

ところで、ここで大蛇丸の「不屍転生の術」って何なんでしょうか。大蛇丸は何とかして「不死」になると考えたんだと思うんです。今にして思えば”暁”とはいろいろな「不死」がありましたけど、例えばトビに大蛇丸が関与してるとすれば、飛段や角都、サソリ…果てはデイダラにまで大蛇丸の手が入ってるかも知れない…と考えると、”暁”そのものが大蛇丸の実験体だった!!なんて思えて来るから不思議です(笑)。真実はどうだかアレですが、紆余曲折を経て、大蛇丸は滅する「肉体」を捨てて、朽ちない「精神」のみを単独で存在できるように工夫を重ねたんですね。千年も前の和歌が今も人の心を打つのは、人の想いや感動が朽ちないからだと、僕は思うんです。

それで大蛇丸はせっせと自分の考えを「術式」として書き起こしていったんじゃないでしょうか?大蛇丸というパーソナリティを形作るのは、勿論、大蛇丸の肉体というハードですが、他にも大蛇丸の考え方や知識や経験といったソフトウェアが必要です。肉体は失ってもそれがどんなものかは記憶できます。大蛇丸は自分の肉体を含めた大蛇丸の全てを「術式(ソフト)化」したのだと思います。しかし、それを一カ所に置いていては、例え究極の生命力を誇る「柱間の細胞」であっても安全を確保できないと大蛇丸は考え、大蛇丸の生成した呪印に、その都度、術式化した大蛇丸のバックアップを仕舞って行ったのだと思います。大蛇丸はそうしてリスクを分散して行った訳です。

この行で水月がビビりまくっているのは、そこそこお気に入りの弟子として、もしもの時には水月が大蛇丸の復活を言いつけられてたからではないでしょうか。しかし、水月にはサスケが居たから大蛇丸を拒んだ。だから、水月は言う事を訊かないサスケにビビってたんだと思います。その一部始終は呪印の中の大蛇丸のバックアップに筒抜けなんですから(笑)。つまり、水月は大蛇丸の「不屍転生の術」の秘密を含めて、大蛇丸の復活までも良い含められるくらいの側近だった訳です。サスケは大蛇丸が喰う気満々だったから知らされなかったんでしょう。水月の常時垂れ流された怪しさとは、そうした大蛇丸との親密さにあったのだろうと思います。しかし…もう一つ、疑問が残ります。

「君が大蛇丸を倒せたのは
たまたま奴の両腕が屍鬼封尽で
使いものにならなくなってただけさ!

君の方こそ奴をナメてる!

仮に奴が復活したとしても

おそらく両腕は使えないだろう!


でもだからってヤバイ!
また君の体狙われるよ!」(水月)

それはこのエピソードの前半で妙に多弁だった水月の台詞です。「不屍転生の術」の深部まで知っていた水月が漏らした…「仮に奴が復活したとしてもおそらく両腕は使えないだろう!」のとこなんですけど…これって、「封印術・屍鬼封尽」との関係性がメチャクチャ明瞭に示していませんかね。「封印術・屍鬼封尽」とは「魂」を直接攻撃する封印術なんですよね。水月は三代目火影・猿飛ヒルゼンがそれで大蛇丸の両腕を封じたのを知ってるんです。その上で今回復活される大蛇丸の両腕の不遇を予見しています。つまり、大蛇丸が分散した情報生命体としての大蛇丸の精神とは別に「魂」がそれに降りる事実を水月は知り得る訳です。大蛇丸の両腕が使えない。それは大蛇丸の「魂」に欠損が在るのです。

多分、情報生命体としての大蛇丸が弟子(水月など)の手に拠って復活した後に、自動的に浄土と穢土の境目(三途の川?)に待機している大蛇丸の「魂」が降りてくるんじゃないでしょうか。水月が復活の大蛇丸の両腕の不遇を予見したのはその明確な証拠ではありますまいか?「陰陽論」に拠れば、「心」とは”陰中の陰”「魂」”陰中の陽”でありまして、大蛇丸が術式化したのは「心」。脳科学の研究に置きまして「心」とは脳の機能であります。大蛇丸は自分の脳内の生化学的な反応を高度な医療忍術を応用して術式化したんじゃないでしょうか。つまり大蛇丸は自分の「心」を永遠に残る様に施術した訳だ。それが一度「肉」を得れば、陰中の陽(魂)陰中の陰(心)が引かれて完結する。

以上が大蛇丸の復活のシナリオでしょう。

大蛇丸の「不死」への欲求とは両親の死が大きく影響していて、どんなに優れていようと、修行をしようと死ぬ時は死ぬのだという諦めがあったのでしょう。どんなに強くとも形あるののは滅します。それならば肉体を無くしてしまえばいい。それが情報生命体として立った大蛇丸の原点でありまして、それでも不安だからそれをデュープして大蛇丸の子飼いに分散した。記憶をクラウドシステムで統合する方が合理的ですが、メインサーバーをやられたら万事休すだし、やはりハードに依存する方式は「形在るものは…の定理」に従って却下されたのでしょう(笑)。ここら辺を考察してると、カブトと水月の差異が見えて来ますね。続きの感想でそこを掘り下げてみましょう。

ブツブツでごめんなさい!!

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