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第593話「復活の大蛇丸」⑦

 
<スッ>(サスケ)

「…………」(大蛇丸)

「奴らに会ってどうするつもり?」(大蛇丸)

「オレは…あまりに何も知らない
奴らに全てを聞く」(サスケ)

「…全て…?
そんなこと知らなくてもいいじゃない…
君はまだ子供なんだから」(大蛇丸)

「そうじゃない」(サスケ)

「誰よりもお前を子供あつかいし…

お前の力を信用していなかった…


だが今はこう思う…
お前が父を母を…うちはを
変えることができたかもしれないと…

ちゃんと向き合い同じ目線に立って
真実を語り合っていれば…」(穢・イタチ)


「今はもう子供じゃない

…子供ではいられない


…………」(サスケ)

「お前がこれからどうなろうと」(穢・イタチ)

イタチがサスケに遺した「愛している」という言葉はサスケにどれ程大切な記憶であったことか!!それを誰よりも有り難く噛み締めているのはサスケなのであります。イタチのその一言でサスケと世界は繋がれたのです。その前に出来損ないのカブトの提示がありまして、マザーばかりに気を取られたカブトがウルシをノーマークでスルーしてしまった件(笑)。ちゃんと伝えられない気持ちがあるのです。ちゃんと伝えれば伝わる気持ちがあるのです。カブトがウルシをちゃんと認識できていたならカブトはこんな風に道を誤りはしなかったでしょう。そこには大蛇丸の恣意があるのかも知れませんが、カブトの情弱具合も頂けません。まったく俯いて歩いてるといい事無いのね人生って(笑)。

それがサスケにも適用されるのは可哀想だなとも思えましたし、しかし、イタチがサスケをそんな境遇に落とす訳ない。何があろうとイタチがサスケを何とかして逝くもんだろうが!!と、僕は吠えたかったのかも知れません。それで”「愛している」と言ってくれ”という考察を連日連夜書きました。何せイタチですんで、絶対にそう言うと思っていましたし、もう何があったって言うしかない状況でしたから、さもありなんの考察でしたが、ちゃんとイタチが「愛している」と言ってくれた時には嬉しかった…な。イタチはサスケを世界と繋げる為に「愛している」と言ったんです。誰かがサスケを愛している。その事実がサスケを孤立させはしないのです。イタチはきっとそう考えています。

カブトもウルシが今もカブトを想っている事実を知ったならきっとやり直せると思うんです。カブトはウルシの存在を忘れているだけなんです。誰かがそれを教えてあげられれば、誰かがカブトを愛しているのだと、カブトが知る事が出来るなら、カブトはあんなに孤独ではなかった。やはり、その育て方には大蛇丸の悪心が影響しているでしょう。ある種の情報管制が大蛇丸の利害によって敷かれた。大蛇丸はカブトを利用していましたから。そこに愛が無かったとは思わないけれど、歪んでいなかったとも思えません。イタチはそれを激しく反省したのだと思います。カブトの歪さにイタチは改心したと言っても過言ではないでしょう。カブトがイタチに「愛している」と言わせた…でいいと思います。

アンコに引き蘢っていた大蛇丸の思念は、サスケを未だ子供扱いしますが、サスケの成長とはそれを遥かに凌駕しています。少し遅れて大蛇丸の意識はその変化に気付きますが、夢から醒めた大蛇丸はサスケのオトナ顔に徐々に絆されて行きます。それは止まっていた大蛇丸の時計が各部を軋ませながら動き出す様にゆっくりと大蛇丸に染みて行きます。アンコの呪印の中から世界を傍観していた大蛇丸。その事実を踏まえてサスケが言葉を端折る姿に、未だに大蛇丸の変貌に対応できない水月の様子を大蛇丸はしっかりと吟味し、言葉少なに大蛇丸を信用するサスケに大蛇丸は好感を抱いています。大蛇丸は自分を理解するサスケを明らかに信用しています。それはサスケが大蛇丸をめずに認めているからです。

サスケは大蛇丸の知性、即ち想像力を信用しているのです。サスケが何も言わず差し出す「巻物」。これは水月が大蛇丸の某アジトで偶々発見した大ネタを記したもので、水月はそれが”鷹”「第三勢力」に押し上げる代物であると判断しました。それをサスケは無言で大蛇丸の示した。「永遠の万華鏡写輪眼」を有するサスケがそれを大蛇丸に曝す意味を大蛇丸は確かに感じた筈です。当然、サスケの雰囲気からサスケが輪廻眼にリーチを懸けたことには気付いてると思います。だかからこそ大蛇丸なのであります。ここにはサスケと大蛇丸の相互理解が描かれているのです。サスケの行動は大蛇丸にとって信用に足るものだった筈で、それらが巻物の内容を如実に物語っているのです。

「そもそもの始まりは何だったのか…
オレはどうあるべきであり
どう行動すべきなのか…」
(サスケ)

「復讐を迷っているの?」(大蛇丸)

「違う
復讐自体を迷っているわけではない

イタチと再会して
前にも増して木ノ葉への憎しみは強くなった」
(サスケ)

「…………」(大蛇丸)

「…ただ…

汚名を着せられ
死してなお木ノ葉の忍として里を想い…
里を守ろうとしたイタチのその気持ちとは…

イタチとは…?

一族とは…?

里とは…?


そして…

全てを知り自分で考え答えを出し

己の意志と眼で

成すべきことを見据えたい」
(サスケ)

「………」(重吾)

「………」(水月)


(…イタチにあやつられ…
私やトビに利用されていた時とは
もう違うようね…)(大蛇丸)


<サッ>「!」(水月)

<ザッ><ザッ>(大蛇丸)

(…なぜか…不思議な感覚…)<スッ>(大蛇丸)

サスケはイタチを追い詰めたものが何だったのか知りたい訳です。そこから考えるなら「奴ら」とは木ノ葉の上層部しかないと思います。具体的には三代目火影・猿飛ヒルゼン。うたたねコハル。水戸門ホムラ。根・志村ダンゾウの四人。ヒルゼンはアレですがダンゾウは穢土転生で呼べます。コハルとホムラは存命している筈です。イタチがサスケに告げた話ではなく、サスケが実際に検証したいのです。サスケが自分の眼で、耳で確かめて判断したい。サスケは真にそう考えた。それを素直に大蛇丸に伝えたのです。それはサスケが大蛇丸をめていないからです。大蛇丸にはちゃんと話せば通ると信じているからです。正確にはお願いと大蛇丸の興味が一致するならオッケーなんだけど似たようなもんだ(笑)。

サスケの変化をここに居る誰よりも強く感じてるのは大蛇丸でして、逆に言うと自分がサスケに「天の呪印」を与えた第一部ではサスケがイタチに操られるだけの人形に見えていたという裏返しでもあります。その後も、サスケが”暁”に組みし雲隠れで暴れたり、五影会談に乱入した情報も、大蛇丸はアンコの呪印越しに聞き及んでいたのでしょう。そして、それはトビの思惑でしかなかった。そんなサスケがこうして堂々と自分の想い語る。サスケが信用する大蛇丸の想像力は、アンコがカブトに拉致られてからこの方の期間にサスケが急激な成長を遂げたと大蛇丸が認識し、イタチが何をしたかを補完したのでしょう。サスケの大蛇丸への信頼があればこそサスケは言葉少ないのです。

大蛇丸がそんなサスケを思い遣るように、腹心の部下であったカブトをやり過ごす筈はありません。抜け殻ではありますが、お腹から大きな白蛇を生やし、曲がりなりにも大蛇丸を模し、六道仙人を目指したカブトを実際に目の当たりにし、何をか思わぬ筈も無く、大蛇丸が噛み締める「不思議な感覚」とは、オトナが感じる身近にいる少年少女の「成長」なのだと思います。大蛇丸はカブトもよくやったものだと賞賛しています。イタチさえいなければ世界はカブトの手中に堕ちたかも知れません…否…落ちていました(笑)。それはイタチを手に入れられなかった大蛇丸と同じでしょうよ。大蛇丸はカブトを責めたりなどしません。寧ろ優しく労う様にカブトを見ています。

カブトとサスケは大蛇丸にとってそれ程違う存在でもないのかも知れません。幼く弱く儚い命であろうと、こんなにも強く逞しく成長できる。大蛇丸は子供らの伸び代の大きさに驚いているのです。若さの眩しさ。それを感じないオトナはいないでしょう。こんなにも立派に成長したサスケ。イタチに敗れはしたものの善戦したカブト。そのどちらもが大蛇丸は愛おしいのだと思います。オトナならば少年少女にジェラシーを感じないものは居りません。大蛇丸は非常に素直にその感覚を示しているだけなのです。そして、大蛇丸の興味はサスケに集中して行くのです。サスケは大蛇丸の理解力に懸けました。サスケは大蛇丸を信用したのです。それが大蛇丸をめるめないの正体なのだと、僕は考えます。

<ザッ>「カブトの力を吸い取って
殺すつもりだよ!

用心した方がいいって!
寝首をかかれるかもよ!」(水月)

「今のアナタ…

悪くないわね」
(大蛇丸)

<スウー…><ズッ…>(カブト)


「………」(サスケ)

「ほらやっぱり力を取った…!」(水月)

「イヤ…そうじゃない」(重吾)

「仙人化を解き
カブトの中の自分のチャクラを取っただけだ
カブトのチャクラには手を付けていないようだ」
(重吾)

大蛇丸の行いを見れば、カブトに対する大蛇丸のリスペクト(尊敬)が窺えます。大蛇丸はカブトから大蛇丸のチャクラと「白蛇=柱間の細胞」を引き上げます。カブトのチャクラをそのまま残したのは、カブトに対するメッセージなのでしょう。それをカブトが理解できるか否かは別にして、今なら大蛇丸はカブトに別の導きをするかも知れません。ノノウじゃなくウルシが存在し、カブトを愛しているかも知れないことをカブトにちゃんと伝えるかも知れません。大蛇丸はそういう人なんだと、僕は思います。逆にそれがカブトを必要としなくなった…興味が失せた…でも仕方ないとまで思いもします(汗)。大蛇丸はそういう人なんだから仕方ない(汗)。それが大蛇丸の純粋さ、無邪気さなのですから。

大蛇丸のこの部分が解らないと、気持ち悪いだけとか、残酷…なんて評価になってしまうんでしょう。でも、もっと深い所で大蛇丸を感じられるなら、彼の知性的なエネルギーは魅力的なのです。もし、大蛇丸が何処かの路地裏でスナックを営業していたら…店名は「白蛇」或いは「マンダ」…通わずにはいられない中毒者が続出するでしょう。大蛇丸の部下や弟子って、大概そうなってる人達だったと思いますけど(笑)。それは大蛇丸の「理解力」という光に吸い寄せられたのようでもあります。サスケは自分をだなんて思う珠じゃないから、大蛇丸を「胸クソ悪い」(ep592)と言うのでしょう(笑)。サスケは大蛇丸の深い所を感じ認めているだけなのです。好きとか嫌いは抜きにして(笑)。

「いいわ
協力してあげる
付いて来なさい」(大蛇丸)


「…場所はどこだ」<サッ>(サスケ)

「フフ…
アナタもよく知ってる場所よ…」(大蛇丸)

「!?」(水月)

サスケが大蛇丸に「穢土転生の術」を望むなら、木ノ葉隠れ上層部のダンゾウを召還することになろうかと思います。ヒルゼンは屍鬼封尽の縛りがありますから呼べませんし、コハルとホムラは生者でしょうから(笑)。そして、サスケが大蛇丸に見せた「巻物」がサスケが大蛇丸に秘匿せずに見せた意味を重く見るなら、それが「六道仙人の作り方」を記した大蛇丸の論文だった可能性が高いと思われます。そして、サスケが誰かの言葉じゃなく自分で確かめたいと訴えるのだから、そのネタ元…というか研究の原点にサスケは導かれて然るべきでしょう。大蛇丸の「アナタもよく知ってる場所」とは水月ではなくサスケに告げてますよね。それらの要素が重なるところに大蛇丸はサスケを誘う筈です。

ズバリ、それは木ノ葉隠れの里の南賀の神社の境内の下に秘匿される「うちはの集会場」。サスケはそこでもう一度「うちはの石碑」を解読することになるんではないでしょうか。そこでダンゾウを召還し、大蛇丸はサスケに「真実」を見せる。勿論、セキュリティのめっちゃ低い木ノ葉ですから上層部のコハルとホムラは難なく拉致られその場に臨場するでしょう(笑)。ダンゾウは大蛇丸の手に掛かれば簡単に呼ばれます(人柱が可哀想だけど)。そしたら、うちはシスイの死体の在り処とか、トビの正体とか、”暁”の真実とか、大蛇丸がペラペラと喋り始めるんじゃないかと期待します。そうなっちゃうと、ホントに『NARUTO -ナルト-』「詰めろ」なんですけど…もう熟してるから仕方ないけど。

「さぁ行きましょう」(大蛇丸)

僕は期待しているんです。あり得ない変心を遂げた九尾の様にサスケも…と。サスケがナルトと組んでうちはマダラを封じる結末を。ただ、現状で一気にそこに行くのは難しいでしょうから、ここで満を持して登場した大蛇丸がズバズバと快刀乱麻でお話を上手く軟着陸させてくれることを期待しています。その意味で、僕は大蛇丸をめてない。僕は「少しは黙れ水月」に震えた一人であります(笑)。こうしてサスケがオトナになってくれた。子供では居られないと言ってくれた。そして自分の意地とか見得を排して、合理的に問題を解決してくれる方向に動かざるを得ない決断を下すに足る材料を大蛇丸ならば与えてくれる。僕はそう信じています。そして、きっとサスケもそれを…と期待して止まないのです。

第593話「復活の大蛇丸」
ナル×ジャン ケルベロス

ダラダラ書いてゴメンナサイ!!(汗)


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