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自来也の『隈取』に涙する…


「怒りに溢れた血の涙ァ!三忍語りて仙人に!妙木山の蝦蟇妖怪!!」

思えばこれまで、ナルトにスカされたり、「仙人モード」ではワザワザ、召還した両肩の「二大仙人」にブッ飛ばされる疎外感を味わいながら自来也は執拗に「見得切り」にこだわって来ました。それは「歌舞伎者」のお約束?それとも、「物書き」の性(さが)?自来也の真意は解りませんが、自来也にとっては大切な「儀式」だったのかな…と思います。

そもそも隠密行動を基本とする筈(←既成概念~"忍"と言うものすら他の漫画かTVでしか観た事無いのに~に縛られた"忍"然とした忌むべき考えです…汗)で、技の名を「詠唱」(えいしょう)するなんてのはナンセンスとも思えますが、その「詠唱」自体がスイッチになってるんじゃないか?と、それを『NARUTO -ナルト-』の世界観的に受け入れるようにしています(汗)。だから、自来也の「見栄切り」も、「これから"すっごい"事をするよ!」と、自分に対する確認作業みたいな…関節やスジをコキコキしたりする準備運動みたいなものかな…と思います。

「仙人モードを使う!!」

ペイン(弐)との交戦に突入する時、自来也は「二大仙人」の口寄せの為に、隈取を追加しています(第374話「神への成長!!」)。掌を噛み切り、流れ出た血で隈取を描いています。この時、追加された「隈取」の質感が同じだった事から、普段している隈取も同じように「血」を使っていたと思われます。「隈取」は自来也の「血」で描かれてたんですね。「見得切り」で言う「血の涙~」は、"はったり"ではなく"真実"だったんですね。

でも、「血の涙」とは…?。自来也が施す「隈取」にはどんな意味があるんでしょうか?元々、「化粧」には「魔除け」などの呪術的な意味合いがあったと言いますし、それに、「血」を使うと言うと、忍術では「口寄せの術」がありますね。また、過去の回想などの自来也と現在の自来也の「隈取」とでは、長さや太さが徐々に変化しています。時系列を追いながら、自来也の「隈取」の意味について考えてみましょう。

「………」<ムスッ>

自来也のアカデミー卒業は6歳ですから、猿飛への師事はそれ以降。例の「丸太ゲーム」の頃の自来也です。まだ、子供っぽさが残る自来也ですが、既に「隈取」がありますね。まだ細くて短いです。そう言えば、ナルトも忍者登録の時に、顔に「隈取」を入れて歌舞いてましたね(笑)。イルカ先生は「撮り直し」と言ってましたが、実際に撮り直したんでしょうか?気になりますね(笑)。ところで、自来也の"むくれ顔"は結構、可愛い…(ポッ^^;)。

「選択?」

妙木山にいた頃の自来也です。大ガマ仙人から「予言」の啓示を受けているシーンです。「妙木山に一人の少年が迷い込む…」と、このエピソードで明かされていることから、自来也は何かの「運命」に導かれて(?)、妙木山に足を踏み入れたようです。体躯もしっかりしてるし、顔つきもやや大人びてますね。この時点で、中忍に昇格していて、猿飛先生の手を離れていたんじゃないか…具体的にはあの「丸太ゲーム」から2~3年の時間経過があった…と想像しています。

この時の「隈取」はその「丸太ゲーム」から比べても太くなっている。長さはアングルの違いもあってやや微妙(汗)。逆に短くなってるかも知れません。当初、「隈取」は長さが「時間経過」を物語る印(しるし)のようなものかと思っていたんですが…どうも違いそうです。もっと、別の意味があるんじゃないか?と思うようになっています。そして、それを突き止めるのがこの考察の狙いです(黒笑)。

「…それにこの妙木山に一人の人間の子が迷い込む…
その子に蝦蟇の力を与える…それがワシ自信のために見た夢…」

大ガマ仙人が見た「自身への予言」(第376話「予言の子!!」)。自来也は大ガマ仙人にとっての「予言の子」であった訳です。自来也がこの妙木山に迷い込むのも、偶然ではなく「運命」であった…と言う事です。しかし、何故、自来也も優れた忍であったとしても10歳そこそこの、まだまだ子供の筈なんだけど…。ましてや「木の葉の里」から出てフラフラするのは不自然に感じます。それに、妙木山で姑く(かなり長く)留まって修行をしていた雰囲気もあります。里での任務とかがあっただろうし…。

「親はどうした?」

自来也が移動中、長門・弥彦・小南の三人にであった時の描写です。この時、自分が頬張る乾パンの残りを三人に与えていますね。丁度、3個あった…。それを、弥彦たちに分け与えます。その「お礼」に、小南が乾パンの包み紙で折った「花」が可愛らしかったですね。時系列的には大ガマ仙人の啓示を受けて、その啓示に従い諸国を巡った後だと、僕は考えています。隈取の長さや太さは妙木山に居た頃とそれほど変わっていませんね。

具体的な年齢は、綱手の子供達に対する「キツイ」態度から「縄樹の死」以前と思われ、恐らく18~20歳程度だったと、僕は想像しています。それと、妙木山に自来也が迷い込んだのが、三代目の下で修行を積んだ後(6歳~)で、自来也の雰囲気から推測して10代前半とすれば、5~10年の時間の経過があった筈です。だから、隈取の長さを「経時変化」と捉えるのは違うなと、改めて思います。

「これで安心して里に帰れる」

長門たちとの出会いから3年の歳月が経過した時点の自来也の描写です。難民だった三人の子供たちも立派に成長して、ちゃんと忍術を使えるようになっていました。三人で連携して自来也の影分身を看破するまでに成長してましたね。その子らが「暁」として、再び自分の前に現れ、闘う事になろうとは…想像できなかった。そして、この時の自来也の「隈取」ですが、三年前とあまり変わりません。気持ち、太い?とは思いますが、微々たる違いです。

「お前は亡骸を見ない方がいい……」

縄樹の戦死での綱手との絡みです。この描写と長門たちと別れた自来也を見比べると、こっちの方が若い…ようにも見えます。縄樹の死は自来也が23歳で、この時期が長門たちとの修行と被るか被らないのは、ミナトの年齢が左右されます。ズレたとしても2~3歳だけど…。それはさて置き、「隈取」の長さとしては縄樹が死んだ時の方が長い。この描写に僕は少し引っ掛かります。

愛する(笑)綱手の実弟…縄樹の「死」は、自来也にとっても悲しい出来事だったでしょう。綱手の心中を察すれば、その悲しみは如何ばかりか…。優しい自来也の事ですから、それは察して余りあると思えます。だから…この時、自来也の「隈取」が成長していた…?と疑っています。

「隈取(血の涙)」は、自来也の『悲しみの涙』だった!!

もしかしたら、自来也の「隈取」は悲しい事があった時、伸びたんじゃないでしょうか。つまり、近しい誰かが死んだ時。仲間の「死」。大切な人の「死」。それらは、自来也にとっての「血」の涙だったんじゃないか?と、僕は思うようになりました。

そう考えると、自来也が三代目の門下生として修行している時に「隈取」があった自来也は、既に「大切な人」か「近しい人」を失っていた事になる。折しも、忍界大戦の最中だったろうし、自来也の親も忍だったろうから、もしかしたら自来也も三代目の門下生になった頃には、親を失っていたんじゃないかな。

自来也も『孤児』だった!?

だから、大蛇丸や綱手と、「師」である猿飛が自来也にとっては「家族」みたいなものだったのかも知れない…自来也のはしゃぎ方や、その後の(かなり)フラフラとした生活などを鑑みると、自来也もナルトと同じような境遇だった…独りぼっちの孤児であったと、僕には思えて来ます。

そんな目で、幼き日の自来也の「隈取」を見ると、ホントに「血の涙」に見えて来て悲しくなります。年端もいかない、おねしょをしてもおかしくない子供が独りぼっちの悲しみをしっかりと受け止めて生きていた?強がってはいたけど、自来也もいろいろあったんだろうな…。

もし、それが「真実」とするなら…、それを自来也はナルトに「一言」も告げてないし、読者にも解るような描写はなかった…事になります。自来也は愚痴をこぼす事もなかったし、捻くれてもいなかった(めちゃくちゃエッチだっただけ?)。別段、変なところはなかった。「隈取」をしてた以外は…。

これは、正しきオトナの「姿」だと僕は思います。

自来也の場合は「隈取」をしてた年頃(6歳とか?)から、そう言う「覚悟」みたいなものがあったんですね。そして、それを「他言」はしていません(今さらながら、自来也を疑った自分が恥ずかしい…穴があったら入りたい…汗)。だから、子供時代の自来也の「隈取」はマジ泣かせる…。

実際の社会でも(忍の世界程じゃないけど…笑)闘いが日々あります。僕もそうだし、少年少女を扶養する親御さんたちもそうだと思います。特に「仕事」はお金を貰う以上は自分の勝手は通用しないから、嫌な事にも取り組まないといけないんです。そりゃ、辛い事も多いですよ。お金を稼ぐのって「大変」な事なんです。学生時代の「バイト」と、自活する「仕事」も根本的に違うからね。家族(嫁さんとか子供)がぶら下がるとなると…気が遠くなるくらい、その「責任」は重くなる…筈です。

でも、オトナは、大切な人を心配させたくないから、それを「他言」はしないものです(たまにお酒呑んでグチってるのは目を瞑ってあげてね…笑)。みんな心の中で「血の涙」を流すような思いをしながら、日々を闘っているんです。

生きる事は闘いなんです!

だから、お父さんやお母さんが、たまに「チャクラ切れ」になってるの…感じませんか?(笑)肩で息してる事ないですか?(僕のハァハァは「考察」が苦しい時ね…汗)

だから、「今日のお父さんは元気ないな…」とか、ネクタイの後ろ(細い方)が前より長くなってる(←典型的なお父さんの「隈取」サインです!!…笑)のを見かけたら、優しい言葉の一つでもかけて、ネクタイを絞め直してあげて下さい。たまにお父さんの"髪の毛"が(結構、シャレにならないくらい大量に…)抜けるのは…気のせいだから…教えて逆に落ち込ませないように注意してあげて下さいね(笑)。

お母さんだって、働いてる人も居るだろうし、専業主婦であっても「家事」だって、実は大変な作業(これは重労働だよ…)なんです。例えば、エプロンが「裏表」(←お母さんの典型的な「隈取」サインです!!…笑)とか、きゅうりのスライスが微妙に(一本丸ごと)繋がってるのも、ア・ヤ・シ・イ…(笑)。そんな時は、迷わず肩でも揉んであげて下さいね。ついでに、お手伝いもしてあげて下さい。

口には出さなくても…オトナは皆、闘ってる。勿論、少年少女たちだって、闘ってると思います。アナタたちが『頑張ってる!』のは、オトナは皆、知っていますよ。早い話、皆、闘ってるんです。つまり、皆、辛いんです(そりゃ、辛い事ばかりじゃないけどね…)。それは、自分だけが辛いんじゃないって事です。皆、同じように生きてるんだから…。

だから、もし今、凄く辛い人がいても大丈夫ですよ!それは、アナタだけじゃないんだから…。誰も、同じじゃないけど、全然、違うわけでもない。人は、決して独りじゃないですよ。僕だって辛い事はあるし、そりゃ、「血の涙」も(ちょこっと…ですが)流してますよ。みんなのお父さんやお母さんだって一緒だと思いますよ。勿論、アナタだって…(グルグル回っちゃいそう…汗)。

そして、そこで、アナタが少しでも感じた「痛み」は忘れちゃいけない…と、思います。きっと、それと同じ「痛み」が、アナタの周囲の何処かにある筈です。それを、心を研ぎすまして…探してみて下さい。「痛いだろうな…」とか「辛いだろうな…」とか。そうして、他者の「痛み」を想像する。思いやる。それが「優しさ」と言うものです。それに気付いて欲しいです。

「優しさ」とは「想像力」なのです。

これは「訓練」が必要な「心」のスキルなんです。だから、練習して下さい。「優しさ」って「本能」ではないから、後天的に獲得して行くスキルだから、修得するには「努力」が必要なんです。しつこいようだけど…「優しさ」の修得には練習が必要なんです。

そして、いつか…優しいオトナになって下さいね。

ちなみに、僕の目の下の「クマ」は「考察」(仕事も一応…してるんだけどね…汗)のし過ぎ。パソの画面の見過ぎです。ブログのやり過ぎ…(汗)。クマはクマでも「隈取」(サイン)じゃないんです。だから…だから、そんなに優しくしないで!!(笑)泣いちゃうじゃないッ!!(何故に、オネエ言葉?)

考察の当初、時間経過と「隈取」の長さが比例すると考えていたのは、時と共に失う人も増えるので、あながち外れてもいなかったのだと思います。人は死なない限り、いろんな出来事と出会いますから…。それは楽しい事や嬉しい事ばかりとは限りません。悲しい事、辛い事もあるのです。自来也はそれらを受け止めて来たのです。それが「人生」と言うものだから。だから、「隈取」が変化して来た…んだと思います。

そして、ミナトを弟子受けする頃にはもう顎まで延びてます(笑)。このまま何処までいってるのか?ちょっと興味がありますね。「隈取」が「悲しい出来事」に関係するとすれば、この時点で相当の「悲しみ」を自来也は経験して来た事になりますね。具体的な年齢は「縄樹の死」を起点に考えれば、自来也が23歳以降。ミナトの享年(九尾事件)とも関わる時系列なので、そう前後する事もないと思います。

この時の自来也の「隈取」を一気に伸ばしたような大きな「戦」(いくさ)があったのかも知れませんね。自来也は多くの「大切な人」を失い、悲しみを感じ、「血の涙」を流したんじゃないでしょうか。ミナトを弟子受けした「事実」を示す描写だから、これは「長門の死」を知った後の時系列…と言う事になる。

「長門の死」は自来也にとって大きな悲しみだった…!!

自来也は長門を心底、信じていたんだと思うんです。きっと、「これまでにない安定」をもたらす「予言の子」と信じて疑わなかった…筈です。そして、恐らく、熾烈になる戦火の中で散った長門たちの噂を聞き及び、自来也は悲しみの底に沈んだんだと思います。そして、「隈取」が成長した…と。この時の自来也の「血の涙」の成分には「長門への想い」が大量に含まれていたんじゃないでしょうか。

きっと、その経験がミナトの教育に活かされていると思います。蝦蟇の契約にしてもそうです。長門の時は多分、契約させてませんから。そう考えると、やっぱり、蝦蟇一族は「予言の子」を守護するような立場にあるんだろうと思います。しかし、ミナトも帰らぬ人になってしまいました。だから、自来也にとっても「九尾事件」は悔やんでも悔やみきれない事件なのだと言えます。

そして、現在の自来也です。もう「長さ」では悲しみを表し切れなくなったので、かなり、太くなってますね(汗)。きっと、ミナトを失った時に一気に太くしたんじゃないかと…(汗)。自来也がミナトをどれだけ自慢に想い、信頼していた事か!!自来也がどんな気持ちで、この「隈取」を書き足してるのか?を想像すると、胸の奥が苦しくなります。

そこまで考えて、冒頭の「仙人モード」の「隈取」の追加の描写を見直すと、自来也が、更なる「悲しみ」を噛み締める準備をしているように見えて来ます。これから、自来也は「長門」(自来也はペインを「長門」だと感じている)を殺そうとしているんですから…。そして、自来也の「仙人モード」は間違った成長(役割)を遂げた弟子の消去用の「力」なのではないか?と…。

「どちらにしろ正しくなけりゃ殺さにゃいけん!」

第376話「予言の子!!」の"頭"の言葉からも、ペインと闘うような…自来也の「悲しく辛い闘い」、つまり、「隈取」を成長させるような闘いが、これまでいくつも存在した筈です。その悲しみを自分独りで飲み込み、不平や不満を他言せず、自来也は黙々と自分の「使命」を全うして来たんです。

そんな自来也の「隈取」を見るにつけ、「仕事」と言う戦場で日々、汗を流し、「血の涙」も(ちょこっと…ですが)流してる…社会人として…胸の奥がキュンとなってしまう…ケルベロスなのです。

 

第382話「本当の選択!!」 | BLOG TOP | 『システム・ペインの深層』

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