スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

オリジナル・トビ補正(ep599補正③)

 
「チャクラじゃないな
これはナノザイズの毒蟲……
細菌に近いな…

お前…油女一族の中でも
秘伝忍術を持つ忍だな……
その蟲の抗体を持つ

油女シロクのガキか…

”根”に居たとはな…

ダンゾウ…
いい部下を揃えたな」(トビ)

「………」(ダンゾウ)

エーッと、トビがオビトなんですか!?疑問に思える描写ってめっちゃ多いんです(第51巻/32-33頁)。例えば、ダンゾウと”根”のフーとトルネ(この二人は暗部のお面をトルネ…って…お面の下にマスクしてますやんッ!!ってバカッ!!の、ノリ突っ込みで覚えると、フーとトルネが入れ子になったりしません…笑)がガチで殺り合った行で、トルネの秘伝忍術…ナノサイズの毒蟲を「シロクのガキ」と断定するところに、木ノ葉の過去とか深部を知ってるわー…と思わせまして、その老獪(ろうかい)な戦い方と相まって、この方、相当な落としでは…と思わせてくれます。ま…間違っても、オビトがめっちゃコアな油女一族の秘伝中の秘伝みたいな「シロク」…その忍をを知ってる筈はない!!(断言)

この口ぶり…つーか話しっぷりは間違いなくオッチャン…木ノ葉で昔っからブイブイ言わせてて「最近の若いもんは…」と愚痴ってるオッチャンのそれです(断言)。それがオビトが嘗められない為の、或いは、後々、「うちはマダラ」を名乗った時の整合性を保つ為とするなら、この一戦を何らかの手段で実況(ようつべ?)するなり広報してると思います。広報が無理なら誰かに見せるとか。しかし、ダンゾウは死に、フーとトルネも神威の時空間に飛ばされて後々亡き者になってしまいます。ということは、この一戦でのトビの振る舞いとは「素」だったと考えていいと思うんです。これは少なくともカカシやガイと同世代を生きたオビトではないです。そして、イタチの先輩のシスイもカカシとそう変わらんでしょうから同じ…でしょう。

「ダンゾウめ……」(トビ)

「死ぬ前に己でシスイの眼を…」(トビ)

それに…ですね。死を覚悟したダンゾウがシスイの眼を潰して逝ったのを悔しがるトビの雰囲気は、本来なら自分の眼を台無しにされたシスイのそれではありません(第51巻/167頁)。これがオビトなら通しですが、先にフーとトルネと打々発止の探り合いの戦いがオビトらしくないです。写輪眼のコレクションの手術台でダンゾウの死体を弄くるトビと実際にフーとトルネ→サスケと交戦したトビが同一の個体なら、この個体はオビトでもシスイでもない忍ということになると思います。そして、その正体は木ノ葉の古参であり、木ノ葉隠れの忍の秘伝忍術や血継限界等々を知り尽くした老獪な忍に特定されると思います。勿論、オビトの万華鏡写輪眼・神威を連発できるから、うちは一族確定。

『任務に疲れた。
このままではうちはに
未来は無い。
そして、オレにも…。

これ以上"道"

背くことは出来ない』

そこで、僕は「シスイの遺書」を引っぱり出さずには居られん訳です。

詳しくは過去に書いた「シスイの遺書」を読んでください。

これを書いた時は、シスイの顔バレを含め人物像も漠然としていましたし、サスケの「万華鏡の儀式」で「うちはマダラ」に関してトビが喋る内容に触発されて書いたものだから、精度的には甘いです(汗)。でも、トビの描かれ方として、ダンゾウと肩を並べるくらい古参の忍…勿論、木ノ葉隠れでブイブイ言わせてた忍であるべきだと思うんです。だから、オビトもシスイも除外したい(笑)。もっとオッチャン…つまり、過去に存在した木ノ葉隠れの忍で、同時にうちは一族でなければならない。しかし、現存するうちは一族はサスケのみ…の筈。そのパラドックスを解決できるなら、「シスイの遺書」が残した”道”の説明ができるのだと、僕は考えています。

「オレの意志を継ぐ造反者も出てきた」(トビ)

「…が時すでに遅し

時は流れ…主権は千手の手に

誇り高きうちは一族は
千手の犬へと成り下がった」
(トビ)

これって、トビが「うちはマダラ」の名を騙り、サスケにあれこれと入れ知恵した行なんですよね。千手とうちはの政治的な抗争の中、組織力に乏しい兄系のうちは一族は劣勢に立ち、ボッチのマダラ(それか、ボッチになってしまったマダラ)に求心力を求めるのも酷…とばかりに、一族を離反し地下に潜る動きが認められます。きっとイタチみたいに自分のアイデンティティに揺さぶられ、自らが成すべき事に気付いたうちは一族が存在したんだと思います。その子らがうちは一族には備わっていない社会性とか政治力に見切りを付け、少数精鋭のレジスタンスを結成した…。そんな流れを、僕は自然に受け容れられました。木ノ葉にもうちはにも属さない第三勢力…それが”道”(みち)じゃないんでしょうか?

シスイが遺書に書いた『これ以上"道"に背くことは出来ない』”道”とは、物事の「道理」の”道”ではなく、”道”という組織名だったんじゃないかと、僕は早くから予見(想像?)しておりました。うちはマダラが永遠の万華鏡写輪眼を得、「うちはの石碑」を更に解読し、「六道仙人の作り方」…つまり、輪廻眼の開き方や完成体・須佐能呼の存在に気付いた頃には、社会的、政治的にうちは一族は既に虐(しいた)げられていて既に死に体だったのです。多勢に無勢。それを打破する為には少数精鋭のレジスタンスしかない…それは賢明な判断であったと思います。そして、トビが吐露した「マダラの意志を継ぐ造反者」が存在したのであれば、かなりのご年配ではありましょうが現存かのうでしょう。

言わば、うちはの残骸のような存在ではありますが、その知識は後発のうちはシスイやオビトの良き師となれたと思います。オビトなんて、神無毘橋の大岩の下で万華鏡を開いたとしても、当時のカカシには到底及ばない忍でしかありませんでしたし、シスイにしたって両眼を失った盲目の忍…。やはり彼らを肉体的、精神的、忍的に導く存在は不可欠でありましょう。もし、うちは一族の失墜を芳しく思わない当時の若手が存在して、地下に潜ったのであれば、それがトビ・オリジナルとして「うちはの石碑」を最大限に活用して、社会性や政治力を凌駕する瞳力を持って世界を統べようとするでしょう。そして、戦乱の中で散ったオビトや政治力の軋轢に押し潰されたシスイを見逃す筈はありません。

つまり、オビト・トビやシスイ・トビが居るとして、それが”暁”を表面上操作しているとしても、それらの上流には”道”という組織があり、かなりのご老体ではあるでしょうが、手足として動くトビを操る「真(オリジナル)のトビ」が存在するのだと、僕は思います。そして、その起点はやはり「うちはの石碑」であり、六道仙人が兄系に対してのみ残したメッセージを真面目に咀嚼し、実践して来たのだと思います。その意味で”道”とは真面目なうちは一族とも言えるでしょう。岡っ引き同然の警務部隊に甘んじたうちは一族など意味がない。本来、在るだろうその蟠(わだかま)りこそがフガク一派のクーデターの原点だったのかも知れません。もしかしたら、イタチも同じような痼(しこ)り焦燥を募らせていたのかも知れません。

何れにせよ、シスイやオビトだけでは”暁”やトビを稼働させるには足りません。時系列・時間的にも、知識的にも。トビが絶えず示す老獪さとは、決してポッと出の若僧には成らんでしょう。その不整合さを埋めるには「うちはマダラ」と少なからず時間軸を絡めたうちは一族の存在が不可欠であり、マダラ存命時に地下に潜ったうちは一族が、その無念や瞳力を後進に伝える為に何らかの方策を施した筈だと、僕は思います。僕はそんな期待を込めて”暁”の背後に”道”という新たなる組織が存在し、写輪眼を操る正当の肉体を持つ…うちは一族の残党が居て、使えそうなうちはの肉体を掘り起こし、お面で正体を隠し、うちはマダラの念願を成就させる為に暗躍しているのではないかと夢想しているのです。

…ということで、写輪眼の新キャラが登場して(ry

まだまだ『NARUTO -ナルト-』は閉じない…(脂汗)

ep599補足…某・トビ補正(完)
ナル×ジャン ケルベロス



第600話「なぜ今まで」① | BLOG TOP | シスイ・トビ補正(ep599補正②)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。