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第602話「生きている」④

 
「……
何だよ…?」(オビト)

「お前のその体…
もう忍としてはやっていけまい…」
(マダラ仮)

「!!?

イヤイヤイヤ!!やっと…

やっとこの眼を手に入れたんだ!

今ならもっとコンビネーションも
うまくいける自信があるし


今度こそ仲間を守れる忍に
オレが……」
(オビト)

「現実を見ろ

この世は想い通りには
いかぬことばかりだ


長く生きれば生きるほど…

現実は苦しみと痛みと空しさだけが
漂ってることに気付く…」
(マダラ仮)

「………」(オビト)

(何だ?…このじじい……)(マダラ)


「いいか…
この世の全てにおいて

があたるところには

必ずがある

勝者という概念がある以上

敗者は同じくして存在する

平和を保ちたいとする

利己的な意志が戦争を起こし

を守るために

憎しみが生まれる

これらは因果関係にあり
切り離すことができん


本来はな…」(マダラ仮)

(…スイッチ入っちゃってるよ…
こうなるとじじいの話は長げーんだよな…)
(オビト)

「で…ここはどの辺なんだ?」(オビト)


「お前が傷ついたからこそ
代わりに助かったものがいる…


…違うか?」(マダラ仮)

「…!」(オビト)

マダラ(仮)の言葉が僕には響きません。っていうか、余りにも当たり前過ぎて、マダラ(仮)どんな事を連ねても、「仕方ないじゃん…」としか返せません(笑)。しかし、似たような物言いを長門ダンゾウもしていましたね。時系列的には「九尾事件」の少し前で、この頃既に長門は自来也と別れ、半蔵ダンゾウどカスコンビに心を折られて”暁”を立ち上げていたと思われます。そして、「うちはマダラ」の死期とは輪廻眼開眼の後…と、穢・マダラが提示していますので、オビトに自分の思想を注入してトビに仕立てた後、長門に与えた輪廻眼「うちはマダラ」外道・輪廻天生させる手筈を遺して逝った…とすれば、このじいちゃんが「うちはマダラ」で、一応辻褄は合いますね。

ただ、このじいちゃんの物言いが逃げ腰というか、千手柱間と対を成す「うちはマダラ」なのかしらと不安もあります。少なくとも、マダラ△とは思えません。それが老いの悲しさとしても、もう少し何とかならんものかと…。しかし、「うちはマダラ」こそ千手柱間の存在によって日陰に追いやられた身。もう一歩のところで負け組になってしまった人ですから、言っちゃえば、誰よりも悔しい気持ちがあるのも事実です。「うちはの石碑」の内容を忠実に再現して頑張ったにも関わらず、終末の谷で敗れ…この時、柱間の生きた細胞を奪取して輪廻眼をようやく開眼した…のも束の間、死期が近付いてるんだから不幸の極みです(笑)。あと一歩…の挫折が「うちはマダラ」をこんなにしちゃったのかな。

微妙にこのじいちゃんが「うちはイズナ」の可能性が払拭できない。それは、どんなに凹んでも「うちはマダラ」がこんな風に敗者の風格を漂わせるのかとする疑念にあります。僕は雷影・エー兄ちゃんの男気が結構好きなんだけど、「押し通る」とする単純明快な忍道は非常に分かり易いです。踏み潰すか踏み潰されるか…そう考えるから、悪童・サスケ相手に片腕献上しようとも雷虐水平を打ち込んだのだし、失った腕をいつまでもグチグチ言わない。それは意地そのものなのでしょう。エー兄ちゃんには意地があるから、どんな状況になっても自分を日陰者とは思わんのだと、僕は考えています。だから「うちはマダラ」ほどの人物がどんな挫折を経ようとも負け犬の遠吠えみたいな口上はして欲しくない。

長門がこれを言うんなら分かります。長門はそういう風に発展する様に仕組まれたんだから。そうやって、長門の才能を抑制して、「うちはマダラ」を復活させる瞳力さえ覚醒できればいい。だから、その両脚は必要ないよね。独りで遠くに行かない様に変な多脚戦車みたいのに載せちゃおうよ。メンテナンスとか面倒だから”暁”を頼らざるを得ないように…ッてな感じで弄ばれたようなものですから、このくらいの折れっぷりを示してもいいのだと思います。この後もマダラ(仮)の悶々としたシャベリは続きます。オビトとマダラ(仮)の居る異様な洞窟内の描写も含めてもう少し考える必要があるな…と思います。なので、もう少し、マダラ(仮)なんて中途半端な表記が続きますけど…(続く)。

何とか今日、明日でまとめないとね。

第602話「生きている」⑤ | BLOG TOP | 業務連絡(120927)

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