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『写輪眼の本当の秘密』

 
「お前が開眼すれば、オレを含めて万華鏡写輪眼を扱う者は三人になる」

「うちは虐殺」で、イタチがサスケに残した「謎」です(25巻/150頁)。万華鏡写輪眼が「三人」です。既にイタチが万華鏡写輪眼を開眼していて、サスケも開眼の可能性がある。そして、サスケが開眼すれば「三人」になる…イタチは、この時点で「もう一人」の開眼を前提(仮定)にしていませんから、「もう一人」は既に開眼していた事になる…と、僕は考えています。

イタチ&鬼鮫の「暁」2マンセルの「木の葉強襲事件」で、イタチはカカシの万華鏡写輪眼に関してノーマークでしたので、それより5年以上前の「うちは虐殺」で提示された「謎」の答えにカカシは含まれない…と、僕は考えます。だから、別の誰かが存在する…事になる。しかし、うちは一族はイタチとサスケを残して皆、死んでしまった…筈。

「もう一人」って、誰なんでしょうか?

しかし、「うちは虐殺」では、無口な筈のイタチがやけに饒舌に語ったものです。でも、それは必要だったから。イタチは、サスケにちゃんと伝えないといけなかったから…。イタチは別に無口なんじゃなくて、必要ないことをしないだけなんです。だから、必要であれば饒舌にもなるのです。

「そうなれば……クク、お前を生かしておく意味もある
今の…貴様など…殺す価値も無い…愚かなる弟よ…」

イタチは、うちは一族の全てを殺した…とされる…のに、ちっぽけな…サスケを「殺す価値も無い」とするのには、違和感を感じてしまう。逆に、「生かしておく意味がある」と取れます。イタチにはサスケを生かす「必要」があった……イタチは必要ないことはしませんから、この考えはイタチの行動様式ともキレイに符合するんです。

「このオレを殺したくば、恨め!憎め!
そして、みにくく生きのびるがいい………
逃げて…逃げて…、生にしがみつくがいい」

「そして、いつかオレと同じ"眼"を持ってオレの前に来い」

イタチは万華鏡写輪眼(?)でサスケを眠らせて去ってしまいます。言い方はめちゃくちゃ冷たいですが、イタチはサスケにはっきりと、「生きて欲しい」と言っています。「死ぬな!」と言っているのです。そして、生きていれば万華鏡写輪眼の開眼もある…そのくらい、サスケを殺してしまう事に消極的なイタチの態度を示唆しているように感じます。

イタチは「三人」の「謎」を提示する前に、万華鏡写輪眼について…かなり詳細に…サスケに語っています。

「お前が望む様な兄を演じ続けてきたのは…お前の"器"を確かめる為だ…。
お前はオレの器を確かめる為の相手になる。そういう可能性を秘めている。

この一件の前から、イタチは盛んに"器"と言う言葉を使っています。「シスイ事件」~「うちは虐殺」周辺の不可思議とも思える行動や言動には、自らの"高み"や"器"を知る為であるとちゃんと示しています。全てはイタチの実験であるとも言えます。イタチの言う「高み」とは、大きな対象を俯瞰する為に、自分の立ち位置を高く設定しないといけないような、脅迫観念すら感じてしまいます(汗)。

お前はオレをうとましく思い、憎んでいた
このオレを超えることを望み続けていた
だからこそ生かしてやる。…オレの為に
お前もオレと同じ万華鏡写輪眼を開眼しうる者だ
ただし、それには条件がある」

「最も親しい友を…殺すことだ」

イタチは、これを万華鏡写輪眼の開眼条件だと示しています(25巻/145頁)。そして、「このオレの様にな…」と付け加えます(25巻/148頁)。賢いサスケは一瞬で「シスイ事件」と関連付け、その時に尋問に来たうちはの上役の言葉を思い出しています。サスケもイタチを疑ってしまったのだと思います。

昨夜、南賀ノ川に身投げして自殺した、うちはシスイについてだ。
確か、お前はシスイを…実の兄の様に慕ってたな。

「…あれ…兄さんが…兄さんが、シスイさんを殺したのかよォ!?」

「そのお陰で、この"眼"を手に入れた」

ここで、イタチはサスケの問いに対して、あくまでも「真直ぐ」には応えていません。シスイの「死」と言う現実があって、その上で自分の万華鏡写輪眼が開眼した…と言っているだけです。決して「自分がシスイを殺した」とは言っていないのです。これと「最も親しい友を…殺すことだ」を混同してはいけないと思います。

これは巧みなトラップと考えた方が良いです(笑)。「シスイ事件」に関しては描写されていない「闇」が数多くあります。例えば、シスイの屍体の状況とか…もっと言うと、シスイの屍体がそもそも、あったのか?「身投げして自殺した」とだけあって、詳しい状況は全くと言って良いほど明かされてはいません。そもそも、イタチがシスイを「殺した!」と言う自白もなければ、具体的な描写もありません。

「うちは虐殺」のズーッと前の、「シスイ事件」の調査に来たうちはの上役とイタチとの衝突の描写に大きな「痼り」が残されています。見逃していたんですが、「シスイ事件」にまつわる違和感の根っこにあたる部分だと思います。シスイの遺書をイタチに託し、上役三人が立ち去ろうとした辺りです。

「…とりあえずその遺書をお前に預ける。
それを持ってお前から暗部にも捜査協力を要請しろ」(上役A)

「………了解しました…」(イタチ)

「手掛かりが出てくるといいがな…」(上役B)

「それと警務部隊にも暗部には別ルートだってある。
握り潰したりすれば、すぐ分かるぞ」(上役C)

「…………………もっと直接的に言ったらどうです」(イタチ)

「オレを疑ってるワケか?」

イタチが…うちはの上役たちが疑ったように…もしホントにシスイを殺していたのなら、こんな風な「怒気」は示さなかったんじゃないかと思うんです(25巻/96頁)。賢いイタチだから、ホントに殺ってたんなら、自分から波風を立てたりはしない筈です。この時、イタチは"写輪眼"を持っていながら「真実」に辿り着けない、一族の"器"の小ささに辟易としていたんじゃないでしょうか?

イタチはシスイを殺していない…

確かに、シスイが死んだのは事実であると思いますが、イタチのこの反応から推測すれば、イタチはシスイを殺してはいない…と、僕は考えます。じゃ、シスイはホントに「身投げして自殺した」のでしょうか?しかし、それはうちはの上役たちが疑っていたように受け入れ難い。そんなことで「忍」が、その中でもエリートとされる優れた忍者が死ねない(笑)と思います。

イタチは"写輪眼"についてもサスケに重要な事柄をサスケに残しました。それは"写輪眼"を考察する上で、最大の障壁になっている「謎」でもあります。

「南賀ノ神社本堂…その右奥から七枚目の畳の下に一族秘密の集会場がある。
そこに、このうちは一族の瞳術が本来、何の為に存在するのか…」

「その本当の秘密が記されている」

「?」(…本当の秘密…?)(サスケ)

それを読めば、イタチの言動が理解できるとでも言わんばかりに…この時のイタチの含笑いには大量の思わせ振りな成分が含まれていると思います。で、事件後。サスケがこっそりとその「秘密」を見に行って「そうか…そういう事か…」になるのです。酷く下らないことが書いてあった?サスケはそう考えた…風に、僕には見えました。こんな下らない事で兄は一族を滅ぼしてしまったのか?と、少なからず落胆した。そして、イタチを心底、憾んだのだと思います。

サスケが読んだ「秘密」は「うちは虐殺」と言う、一族が消滅してしまうような大事件があったのに、接収(押収)もされずに残っていた「秘密」。それは、誰が見ても下らない、取るに足らないつまらない文言だったのかも知れません。つまり、誰も信じなかった。だから、現場に残されていた。それをイタチは信じた。それだけの違いです。イタチには大切なメッセージだと感じられただけなのです。

恐らく、この「違い」をイタチは「高み」としているのだと思います。「そうか…そういう事か…」と、軽蔑するような受け容れ方をしたものの、サスケもそれを「ありもしない」事とは思わなかったようです。サスケはこれを足掛かりに今後の行動を行って行く事になったのだと思います。だから、九尾と初めて会った時も直ぐに受け容れられたのです。

そして、その「高み」は、サスケにも(そして誰にも…笑)知れる事も無く今に至るのですが(笑)、最近になって「暁」の描写がなされ、多少、状況が変わって来ました。「サスケVSデイダラ」が決着して、ペインの顔バレや黒幕?トビ(マダラ?)の存在が明かされた辺りの描写に注目してみましょう(40巻/77頁)。

「で…サスケの方は?」(ペイン)

「いい感じだ…。写輪眼の力を十二分に発揮していた…。
…アレはイタチ以上の目になる…」

「機は熟した。
奴も覚悟は決まっているだろう…。そう長くはないからな」

この描写で、「暁」の目的に"写輪眼"が含まれる事が解りました。イタチの「覚悟」が何を表わしているのか?この時は未だ判断できませんでしたが、確実にイタチは「死」に近付いている。それは病のせいなのか?それとも、他の要因があるのか?ま、毎度毎度の事ではありますが(汗)、一方的な「謎」の提示に憶測だけが蓄積されてしまいました。

そして、この時の黒幕?のトビ(マダラ?)から明かされた「機」と言う言葉。それが終末の谷のマダラの石像の上で黄昏れるトビ(マダラ?)に繋がって行きます(第371話「旧知…!!」)。その思わせ振りなトビ(マダラ?)の黄昏には、サスケの近親者(例えば、フガク)をイメージしてしまいました。これは、マダラ→イタチ/サスケの系譜を臭わせる描写なのかな…とも思います。

「いい流れだ。あとは…」

「次の脱皮で蛇のままか。それとも鷹に変わるか。見モノだ…サスケ」

トビ(マダラ?)は明らかにサスケに期待しています。ここで言う「鷹」とは、うちは一族の目指すべき姿なのだと思われます。「火遁・豪火球の術」を会得したサスケにフガクが「その背中の家紋に恥じぬ様、己を磨き大きく舞い上がれ」(25巻/120頁)と伝えていましたね。それに、大蛇丸をやっつけた時も、サスケは自分の事を「鷹」と言ってました(笑)。

トビ(マダラ?)も写輪眼保有者ですし、自分を「マダラ」とする以上は相当な覚醒者でしょうから、つまりは「高み」に立って二人を俯瞰している筈です。そして、イタチすら既に「用済」とでも言わんばかりの扱いをしている部分に、「暁」が"写輪眼"をその目的の一つとして抱える意味を仄かに感じているのです。

その疑念は「自来也VSペイン」の自来也の尋問にも近い喋りのテクニックで白日の下に曝されています。「暁」が何故、尾獣を集めるのか?その真意が明かされたのです。ペイン(弐)が自来也の「死」を確信して吐露した内容だけに、信憑性は高いと思われます。それに、その予言?通り自来也は帰らぬ人となしましたし…(涙)。

「尾獣を使って新しい禁術を造るためだ」

「その術一つ使用しただけで、一瞬にして大国さえも潰せる…。
最大最強の禁術兵器をな」

自信満々のペイン(弐)でした(笑)(第374話「神への成長!!」)。「暁」は核爆弾のような「禁術兵器」を造ろうとしているわけです。尾獣は「最強のチャクラを持つ妖魔」(16巻/157頁)であると自来也が示しています。そして、「禁術を造る」と言うからには、それと対になる存在の「印」が必要になります(忍術=印+チャクラ)。その「印」に相当する部分に「万華鏡写輪眼」がハマるのだと、僕は考えています。

そして、サスケが読んで「そういう事か…」となった『写輪眼の本当の意味』にはそんな風な内容が書かれていたのではないかと、僕は想像しています。このネタに誰も食い付かなかったのは、万華鏡写輪眼の覚醒者が限られた条件下にあった事に尽きると思います。うちはの長い歴史の中でも、万華鏡写輪眼の開眼者は数少なく、万華鏡写輪眼に関しても、ほとんど情報がありませんから…。

原子爆弾

具体的には、"写輪眼"の究極覚醒である万華鏡写輪眼とはインプロージョン (implosion) 方式(図参照/ウィキより引用)の原子爆弾の原材料になる存在ではないか?と言う仮説です。まさか、そんな事が書かれていてもお伽話か有りもしない空想話になってしまって、誰も信じなかった。万華鏡写輪眼と言う「高み」を知るまでは…。

禁術兵器『天地開闢』="万華鏡写輪眼"+尾獣のチャクラ

『天地開闢』は仮称です(笑)。かつて、"写輪眼"の考察を重ねる中、見つけ出した日本神話の言葉です。聖書の『天地創造』に符合する言葉であります。それは宇宙の始まりを意味する『ビッグバン』とも同義の言葉であると、僕は捉えています。世界(天地)をリセット(開闢)するような大爆発を発生させる超小型のパッケージです。

写輪眼自体をプログラムとするなら(写輪眼の過去考察参照)、チャクラさえ供給すれば作動可能だと思います。構造的には万華鏡写輪眼の眼球にチャクラを供給する仕組みが組み合わされば良いので、パッケージも想像以上に小さいと考えられます。あと、チャクラを溜め、眼球を包み込むような構造があれば出来上がり(笑)。既に封印像で尾獣のチャクラを貯える方法論は提示されていますから、理論的には実現は容易いと思われます。

で、これがイタチが残した「万華鏡が三人」の件に繋がります。万華鏡が「三人」になれば面白い…みたいな。なったらなったで良い。別にどんな事があっても「三人」必要ではないのです。恐らく、禁術兵器は眼球1個に付き1発製造できる。つまり、「三人」いれば一人当り眼球が二個ありますから、都合、6発の禁術兵器が製造できる事になります。

「暁」の母体は「雨隠れの里」であると知れています。それと、五大国がありますから、全部で6個あればそれぞれが「力」を均等に保有する事が可能になります(これは現実世界の「核の均衡」に酷似しています)。「力」を持てば使うのが「人」でありますから、全国をもれなく死の大爆発が網羅する事になります。それをして、イタチはある種の「意義」を感じていたのではないかと、僕は考えています。

具体的には…『写輪眼の本当の意味』とは、世界を無に帰す使命をうちは一族が有し、うちはの人間は"写輪眼"を運ぶ"器"に過ぎない…とするような内容だったんではないか?と、僕は想像しています。その昔、九尾を使って同じ思惑を実現しようとしたが、上手く行かなかった。恐らく、九尾だけではチャクラの濃度や質(性質)が足りなかった。だから、「暁」は尾獣全てを集めようとしている?そんなエピソードが、『写輪眼の本当の意味』に綴られていたんではないでしょうか?

だから、トビ(マダラ?)は「暁」に号令し、尾獣を集め、サスケの覚醒(脱皮)に期待しているんでしょうが、問題の万華鏡写輪眼の「三人」は誰だったのか?と言う疑問が残ります。じゃ、やっぱり、「うちは虐殺」当時、万華鏡写輪眼の「残りの一人」…万華鏡写輪眼を覚醒させていたのはトビ(マダラ?)=マダラ…と言う事になるのでしょうか?

僕は「違う!」と考えています。トビ(マダラ?)の言動が余りにも品が無く、落ち着きがないのは別として、個人的に嫌いと言うのも置いといて(笑)、万華鏡写輪眼は命を削る『諸刃の刃』ではないか?と、僕は仮説っているからです。イタチが開眼して7~8年?そして、今、死期を目前にしている。何の副作用も無くて「最強」は名乗れない!と僕は考えているのです。大きな術は反動も大きい。これは『NARUTO-ナルト-』の世界観の基礎的な概念でもあります。

一方、トビ(マダラ?)をマダラとするなら、木の葉の里の黎明期からの人物と言う事になります。延命の方法論は既に「暁」の班員によって散々(どんだけーッ!?)、説明されていますが、どんな方法を用いてマダラが永きに渡って命を繋いでいるのだとしたら、術の反動を受け容れるなら、トビ(マダラ?)の万華鏡写輪眼はない…事になります。万華鏡写輪眼を開眼してるとしたらそんなに生きれない?(だとしたら、カカシは相当、ヤバいことになってしまう…汗)

トビ(マダラ?)は万華鏡写輪眼を開眼してはいない!!

そうだとすれば、終末の谷で初代・火影にマダラが敗戦した事に上手く繋がります。「オレを倒せるのは同じ"血"を持つ写輪眼使いだけだ」(16巻/145頁)とイタチが言っている事を、僕は無視できないので(笑)、如何に初代が強かったとは言え、万華鏡開眼者には勝てなかったと思うんです。万華鏡開眼者は絶対負けないけど、寿命が縮まるので勝手に死ぬのです。それが、イタチの言う「三人目」だった…。

万華鏡開眼者の残り一人は「シスイ」だった!??

シスイは余命幾許も無い事を悲観し、自ら命を絶ったのではないでしょうか?(それか自然死)。それを止められなかったイタチは、最も大切な「友」を死なせてしまった『後悔の念』によって万華鏡写輪眼を開眼した。これは、カカシが覚醒要件(肉体の適応など)を満たした後、オビト(オビトも開眼可能な系譜にあった?)の「死」を乗り越えられなかった悔恨が時間差で万華鏡写輪眼を開眼させた?描写に上手く符合すると思うんです。これが今的な「カカシさん。あなた…まさか」の解釈です。

任務に疲れた。
このままではうちはに
未来は無い。
そして、オレにも…。

これ以上"道"に
背くことは出来ない


シスイの「遺書」は本人の直筆だと思います(25巻/93頁)。そして、最後に綴られた"道"とは、万華鏡写輪眼開眼者の運命。つまり"道理"を意味しているんだと、僕は考えています。シスイの万華鏡開眼は意外に早く、それに触れるイタチも大きな影響を受けたのでしょう。丁度、サスケがイタチを想うように、イタチはシスイを慕っていたんだと思います。

イタチはシスイを一番大切な「友」と認識していた筈です。だから、イタチはシスイに手を掛けていない。シスイは万華鏡写輪眼に蝕まれ、「死」を選択したのでしょう。イタチとシスイがうちはの会合に参加しなかったのは、イタチがシスイの「死」を何とかして阻止しようと必死に行動してたからじゃないかと思います。

イタチが「大切な友を殺す」事が万華鏡写輪眼の開眼条件としたのは、自分の意志でその状況になった方が心が痛まないからではないか…とも思えます。イタチはシスイの「死」がそれ程に痛手だった…サスケに自分と同じ「痛み」を与えたく無かった。それ以前に、サスケなら、そんな「選択」を端ッから選択しない…と言う期待があったんではないかと、僕は勘ぐっています(笑)。

シスイの屍体には「眼球」がなかった?!

シスイの「死」は眼球さえ「暁」に渡れば、禁術兵器の製造には影響しない訳で、何者かが関与する事で、シスイの屍体には(もしかしたら)「眼球」がなかったか、その違和感を悟られぬ様に屍体が出て来なかった?かのどちらかだったと、僕は考えます。「シスイ事件」は遺言だけが存在するような不可解な事件だったのかも知れません。

そして、その不自然さがうちはの上役たちの不安を煽った…。そして、その不安が、うちはの会合に参加しなかったイタチに向けられた。しかし、格たる根拠や証拠のない疑いだったから、イタチを追い詰められなかった。それを受け入れれば「シスイ事件」のうちはの上役たちの(不可解な)ドタバタも納得が行くのではないでしょうか。

「遺書」の右端の千切られた部分には、もしかしたら「イタチへ」と記されていたんではないか?と僕は考えています。あの「遺書」はイタチへのメッセージだったんだと思います。そして、イタチはその部分だけを切り離した。何より、シスイの「死」を汚したくなかったんだと思います。真相を知る者がいて、それが自分だと知れると話さねばなりませんから…。それがあったから、自分が殺したと上役に勘ぐられた時に、堪らず(あの冷静なイタチが)切れてしまった…と考えるとしっくり来てしまいます。

或いは、事件の背面でトビ(マダラ?)が暗躍していた?

トビ(マダラ?)の現在の貌(かたち)は、オビトの匡体(身体)を流用しているとすれば、神無毘橋の戦い(九尾事件の2年前)から実現可能ですから、描写中のエピソードのほとんどに関与は可能だと思います。そして、それを可能にする為には、どうしても第三者の関与が必要になります。余談ですが、それが「トビ」の正体と思われる「マダラ」に「?」を付けるのも、「暁」の「黒幕」かとも思われる立場に「?」を付けてしまうのも、その広量に拠る訳です。

「いよいよだ…我らが目的を達成するのもあと僅か…。
そうなれば、全てが本来の形に戻るのだ…」

「写輪眼の本当の力が…このうちはマダラの力が」

マダラの言動には何かしらの「負い目」を感じてしまうのです(40巻/96頁)。これは、トビ(マダラ?)が何者かの後楯なくして成立しない(かも知れない)とか、妙にセカセカした落ち着きのない振る舞いをする描写に拠るんです。端的には、イタチを見てれば解ると思います。真に「高み」を知る者は凛として動じない筈です。それが、トビ(マダラ?)には感じられないと言う事です。

トビ(マダラ?)は未だ不完全な筈です。「全てが本来の形に戻る」とは自分の事を言っているのだと思います。そして、何らかの方法で延命し、時代の背後で暗躍して来た行いには、万華鏡写輪眼は備わっていないと思われます。同時に、それはトビ(マダラ?)の狡猾さでもあるのです(イタチは"真摯"に高みを求めてしまった?)。

つまり、"写輪眼"の高度な覚醒によって、トビ(マダラ?)の現在繰り広げる不可解で難攻不落にも思える闘い方ができる訳です。確かに万華鏡写輪眼は「最強」なのでしょうが、先がない。イタチもサスケに万華鏡写輪眼の開眼は望んで無い筈で…だから、恨まれようとしていた。憎まれようとしていた。嫌われようとしていた。

そんな事しても、サスケのイタチに対する気持ちが揺らぐ事なんて有り得ないのに、それを容認出来なかったイタチが居たとすれば、それはイタチの人間臭さであり、浅はかさであり、消し去れないサスケへの「愛」だと言えます。それが、何とも言えないイタチの清々しさと相まって、僕を苛(さいな)むのです(←な、何で!!…笑)。

「その写輪眼…お前はどこまで見えている」

この言葉の深層にサスケが触れているなら、イタチとこうして闘う筈なんてないですから、それを思うと、めちゃくちゃ哀しいです。このままでは、イタチの「死」を…シスイがそうだったように"道"に背けないとすれば…サスケは、現実として受け容れるしかなくなる。だとすれば、サスケはイタチを愛しているんだろうから、万華鏡を開眼してしまう事になる。つまり、それはサスケのカウントダウンの始まりに等しい。

でも、それを断ち切るのがサスケだと思いたいです。だから、僕は期待しています。サスケが万華鏡写輪眼を開眼しないエピソードが繰り広げられる事を!!(お願いッ!!)人は同じ事を繰り返してしまう生き物だけど、それを改められる可能性も合わせ持つ生き物であると信じたい気持ちです。誠に手前勝手ではありますが、僕はナルトとサスケの双肩に明るい未来の予感を感じてなりません(感じさせて下さい!!)。

サスケ!!この哀しき「ループ」を断ち切れッ!!

「写輪眼の本当の秘密~Ver.2」も読まれよ…(笑)。

自来也は何故、『火影』を固辞したのか? | BLOG TOP | 第383話「最終章、そして…!!」

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