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第617話「忍び舞う者たち 其ノ弐」③

 
<プルプル><プルプル>(十尾)

<ゴウ>(ナルト)

(前回よりもはるかに強く
…多い…)
(カカシ)

「…さっき聞いた一連の情報で
確かめたいことがある…

お前は神威で時空間を行き来した上
八尾までまるごと出し入れできたのは…


九尾のチャクラをナルトから
もらったおかげだと言ったな」
(シカク)

「ハイ…正確に言えば
九尾にチャクラをもらいました」(カカシ)

「お前の”できたのは”という言い回しからみて…
九尾のチャクラ無しでの神威は有りと無しで
違うと感じた?
カンタンでいい
説明してくれ」
(シカク)

「…おそらく…3倍以上の力です
それまで神威で飛ばせる回数も大きさも
大したことはなかったですから…」(カカシ)


<パチン><ブォ>(ナルト)

<パチン><ブォ>(ナルト)

(ほぼ渡し終えたか…)(九喇嘛)

(…フン
貴様の思い通りになったな四代目火影…!

今ワシのチャクラにリンクできるのは
クシナの血を引き
人柱力として長年付き添うことになった

ナルトだけだ……

そしてナルトはワシのチャクラを
他の忍共一人一人に合うように
感知し変換させ渡すことができるほど

器用に成長した…
まあ…ワシ自身もナルトを介せば
誰にでもチャクラを渡せる
ミナトてめーがナルトに自分のチャクラを
組み込んで渡したやり方と同じだ)
(九喇嘛)

「……」(九喇嘛)

(こいつはもう…

とっくにてめーらを超えてるぜ
リンクするチャクラ量も渡すチャクラ量も規模が違う!

クシナ ミナト…
ざまぁねーな!てめーら
ナルトのガキに負けてんぜ
クク…)(九喇嘛)

<ザザザザン>(忍連合)

(まぁ…これが貴様らが
ナルトに繋げたかった力なんだろーがな)(九喇嘛)

キッ神って何が凄いって、一般的にはその画力の高さが評価されてると思うんです。まるで一眼レフのレンズを巧みに交換する様に超口角でパースペクティブ(遠近感)を協調して、同時に不安な気持ちを訴えたり、これはきっと将来的に漫画の教科書に載って…なんて、僕は何度か予言を(笑)。きっとキッ神がカメラにハマったら迷わずレンズ沼に沈むんじゃないでしょうか。それで素晴らしい画をやはり切り取ることでしょう。それだけじゃなくナルトが多重影分身で湧いて出た時も不思議にスッキリとしたカットが描かれるのは線が極限に整理されてるからだと思うし、ちょっとした表情に複雑な心模様が明解に表現される…列挙すると朝まで係るので割愛しますが兎に角ハンパ無い(汗)。

でも、それ以上にキッ神って凄い!!と思えるのが「ネーム」なのであります。例えば、ここでカカシがナルトから提供された九尾のチャクラ豊かさに驚くシーンで、これを作戦の鍵と決めるに至るシカクの思案というものを最小限のやりとりで非常に明解に示しています。シカクが物凄い遠隔地で視覚情報のない状況で、カカシのちょっとした発言からその取っ掛かりを見出す頭脳明晰を簡潔に表現し切りました。カカシは自分を包む九尾の鎧が自分の能力を底上げする事実に気付いていたのでしょうが、シカクはそれが忍連合全体に波及するオプションが想像できた訳で、この発想力はハッキリ言って非凡でしょう。カカシはそれを言葉にしませんが賞賛しています。

カカシが自分に提供された九尾のチャクラの有り様と同時にシカクとのやり取りを思い起す…ということは、そういう事でありまして、物凄く複雑な気持ちとか経緯など一切合切を纏めてスパッと表現しちゃう御業こそキッ神なのであります。技術的な評論など僕程度の輩が吹聴するのは如何にも不遜ではありますけれど、ここは黙っちゃ~ァいられねェ!!そのくらい技術が詰まっておりまして、それをサラリとこんな風に惜しげも無く使っちゃうお大尽さって底が知れません。ちなみに、岸本斉史大先生のナル×ジャンの愛称は確か「キッシー」だったけど、いつからか「キッ神」になったのは、余りにもキッ神好き勝手にサイコロを振る!!…じゃな・く・て、ホントに神様だと思うからなのね(閑話休題)

それで今回は九尾・九喇嘛がどんな風にナルトを見てるかってところに注目してみようかしらと思います。九喇嘛”尾獣モード”における多重影分身を許容したお陰で忍連合全体に思いの外早く九尾のチャクラの受け渡しが完了します。その光景を九喇嘛はナルトの中から見てる訳ですが、ナルトの手際が余りにも良過ぎて九喇嘛も驚いているんだと思います。そして、ナルトの仕上がり具合を今は亡き(九喇嘛が殺しちゃったんだけど…)クシナとミナトに報告するかのように思い巡らせるんです。九喇嘛オッサンさ加減と言いますか、ナルトを育てたのはワシや!!とまで言っちゃいそうな勢いに、如何にも偉そうに『NARUTO -ナルト-』の凄さを吹聴してしまう自分とを重ねる不遜(笑)。

きっと、ズーッと一緒に居るってそうなんだよねー…と、もし九喇嘛と一杯やる事があるなら、僕らは美味しいお酒が飲めそうな気が致します(笑)。僕が『NARUTO -ナルト-』を見つめるのと同じ様に九喇嘛は全てを見てる筈なんです。何せナルトが生まれた直後から誰よりもナルトの近くでナルトの大冒険を味わってるんですぜ。そりゃそうでしょうよ。そんな九喇嘛と同列に自分を語るのはどうよ!?と自分で自分を戒めつつ、九喇嘛”よく頑張ったオレ!!”的な高揚感に激しいシンパシーを感じて、今回目頭が熱くなりっ放しであります。僕はナルトが思いやりを最大限に発揮した結果、九尾の毒性を除去して渡しているのだろうと考えていたんですが、どうやらそれ以上だった…!?

”一人一人に合うよう感知し”とありますので、恐らくチャクラ性質や得意忍術に必要な成分を検出してナルトが調合・調整していたのだから、本来は有り得ない一人でチャクラの五大性質の性質変化をやってのけたのではないでしょうか。つまり、ナルトは輪廻眼を装備し開眼した長門と同等かそれ以上のスキルを、九喇嘛が驚いて腰を抜かす…までは行かなくても…”オレが育てた!!”的な喜び方を示すくらいに上出来な仕事を、これまた九喇嘛の予想を大きく上回る程短時間で達成するおまけ付きの所謂御の字の出来る子のナルト…それは勿論、ケルベロスの予想の斜め上(しかも遥か上)でありまして、それが何とも誇らしき頼もしく喜ばしい。それが九喇嘛と僕の酒の肴(さかな)なんだわさ(笑)。

恐らくナルトは六道の子たる系譜にあると思われます。宿八でしたかトビ(オビト)の半落ちでナルトの中に柱間を感じる…云々がありましたけど、ナルトは特別な子でありまして、ミナトはその子に九尾を託す意味を充分に理解しており、それが必要な敵の存在に対する認識がそれ以前にあった筈です。そして、そうなる必然と予測をあの九尾事件の段階でやってのけたミナトに対するリスペクト(尊敬)が九喇嘛には在る。そして、そんなミナトの子をミナトが予想した通り好きになってしまった九喇嘛がクシナとミナトを小馬鹿にするのは、そうでもしないとここまで青写真通りにハメられた自分がいたたまれないからです(笑)。こうでもしなきゃ今ここに九喇嘛が居る面目が保てない(汗)。

九つの名前と約束のチャクラ…それは尾獣共の信託であります。それは十尾として六道仙人の中に居た時とは違う形で導かれることになる自分達の運命を託せる者とナルトを認めた証なのです。ナルトは六道仙人予言した存在だと、当事者たる尾獣共が認めた訳です。そうして、その期待通りナルトは自らを変革し、世界を変革しようとしている。そして、その後ろ盾を九喇嘛が努める。その誇らしさこそ、九喇嘛が噛み締める達成感であり、何はなくともクシナとミナトに報告しなきゃならぬと九喇嘛が思ってしまうナルトの成長っぷりなのであります。こんなに頼もしいナルトの晴れ姿が嬉しくないですか!?涙がチョチョ切れないですか!?ご同輩!?九喇嘛の気持ちが染みて来ませんか!?同胞(はらから)よ!!

僕らは人の成長を感じているのです。単なる落ちこぼれのいたずらっ子に過ぎないナルトがいろんな試練を経て見事に大成して行く様を、僕らは十年余に渡る月日を費やして賞味しているのです。その中で自分も変われた。ナルトみたいにヒーローでも救世主でもないけれど、僕らは僕らの人生における主人公なのであります。そして誰かに愛され今、ここに居る有り難さ。それを喜ばしく黙っていられない気持ち。感じるでしょう。僕らの中に宿る温かな気持ちを。それは誰かに愛されたと感じられるからこそ育まれる感情なのです。そして、それが人と人は繋ぐのだと、僕らは学んで来ました。誰かに自分が愛された想いが誰かを愛する事で繋がって行くのだと、僕らは気付かされた…。

ナルトの中の”九尾”とは何なのか?!

そのお話は近い内、必ず…続きます。


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