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第618話「全てを知る者たち」①

 
「ここは手つかずのようね」(大蛇丸)

「ボロボロだね…」(水月)

「そりゃこんな里のハズレならね…」(水月)

<ギシ><ギシ>

<ザッ><ザッ>「どれだ?」(サスケ)

「……さて…どこかに…」(大蛇丸)

<ズズ>「……」(大蛇丸)

「あったわ」<スゥー…>(大蛇丸)

「何か気味が悪いね…
見つけたんならさっさと行こうよ」(水月)

<スッ>(大蛇丸)

「そうね行きましょう…
全ての秘密が眠る場所へ」(大蛇丸)

<ザッ>(サスケ)

「……」(大蛇丸)

「ん!?」(水月)

<タン>(サスケ)

<バサ>(サスケ)

「…ここも…
ずいぶん変わったな」
(サスケ)

「何だサスケの奴…?」(水月)

「……」(大蛇丸)

「私が木ノ葉崩しをやる前と同じね…」(大蛇丸)

「何が?」(水月)

「たとえ
彼や里が変わってしまったとしても
ここは彼の故郷に変りない

感傷に浸り過去をなぞることで
己の決意を再確認する時間が必要なのよ」(大蛇丸)

「………」(サスケ)

「ふぅ〜ん
ならアンタはもういいの?」(水月)

「?」(大蛇丸)

感傷に浸りつつ
木ノ葉崩しの決意っての」(水月)

「…あのさ
よく考えたらボクらアンタの部下で
トップメンバーだったでしょ
んで今…それが木ノ葉の中にいる…
里の強者共は戦争でいないとなると
これってアンタにとって
チャンスじゃないの?」
(水月)

「フッ…そうかもね…
でも一つ違ってるわ」
(大蛇丸)

「?」(水月・重吾)

「アナタ達はもう蛇じゃない」(大蛇丸)

大蛇丸の引率でサスケ達が到着したのは「南賀ノ神社」ではなく「うずまき一族の能面堂」でした(汗)。やはり予想の斜め上をキッ神は描きますね。大蛇丸はここである能面・般若(後述)を探し出し取り上げます。そして直ぐさま移動します。一行はここでやっと「南賀ノ神社」に向かうんですが、その道すがらサスケはとある建物の屋上にある貯水槽に駆け上がりは火影岩を望みます。漆黒の夜の帳の中…復興しようとする木ノ葉の街並と、その向こうにそびえる火影岩。サスケはそれらをじっと見つめます。これって第二部の一等最初で木ノ葉に帰還したナルトがやったシーンのセルフオマージュですよね。やっぱり懐かしい罠。そして製作意図を汲むなら「第三部」突入ですかね(笑)。

こんなにヤサグレタ僕だって、今でも自分が生まれた土地には一方ならない想い入れがあります。だから、凶状持ちのサスケが人目を憚り(堂々と歩いてますが)、お天道様が居なくなってからの帰郷ではありますが、何をか想うサスケの表情に<グッ>っと胸に迫るモノが在りました。たとえ景色は変わろうと空気が残っている。どれだけ時を経て希釈されようと、何かを感じる。忘れられない。それが「故郷」というものなのでしょう。そんなサスケの一部始終を見ながら酷く場違いな言葉を口にする水月に多少の違和感を感じながら、大蛇丸の何とも穏やかで毒の抜け切った表情に癒されてしまいました。大蛇丸もまたサスケの親代わりの気分なのかな…と、僕はふとそんな事を思いました。

そもそも大蛇丸が企てた「木ノ葉崩し」って何だったんだろう?今の大蛇丸を見ていると、常識的な認識がグラグラと、砂の土台の上に在るように揺れ動きます。また僕は大蛇丸の知性や理解力を高く評価していて、「大蛇丸の”優しさ”について考えてみる!」(大蛇丸の考察)なんてのを書いて当時、ナル×ジャンの読者様に不思議がられたケッタイなおっちゃんなんですけど(笑)。大蛇丸がサスケの行動をまるで親のような眼差しで見つめるのは、サスケの気持ちが痛い程解るからだろうなーと思います。それはきっと大蛇丸も通った道なのでしょう。つまり、大蛇丸はサスケの中に在る気持ちを懐かしく感じているのです。そして、そんな大蛇丸の表情が母とも、父とも、僕には映ります。

ま…大蛇丸とサスケの関係も相当長いですし、KFB(カブトフルボッコ)のイタチ兄さんの薫陶を経て、サスケは随分と男前なオトナへと成長を遂げました。それは大蛇丸をしても「悪くない」と言わしめるものであり、そんなサスケに自分も関わっていたのだと、所謂「サスケはオレが育てた!!」的な高揚感がフツフツを湧き上がるのは必定。この気持ちを抑えるなんて誰にもできないです。これは少しでも長く生きた個体として断言させて頂きたい。僕がどんなに情けないおっちゃんであろうと、幼き日を知る子が立派に立った姿を観た時の嬉しさを、これまで何度も感じて参りました。自分の事は横っちょに置いといて、自分の知る子らの成長とはそれ程に嬉しく誇らしいものなのであります。

大蛇丸がそういう気持ちに満たされているから、やたら多弁な水月が如何にも下衆な言葉で大蛇丸の過去を掘り起こそうと許せる…可愛く感じられるのでしょう。そして大蛇丸がここで水月に決定的なダメ出しをしないのは、今のサスケに対する大蛇丸の認識が先ず在るのだと思います。そして、斯くも気持ち良く成長したサスケに無意識に傅(かしず)く水月を大蛇丸はしっかりと察知しているのです。水月は大蛇丸を警戒しています。そして、ここで水月が口数多く大蛇丸に干渉するのは、その心の奥底「サスケを守りたい」と考えてるのではないでしょうか。大蛇丸はそれを感じるから、水月を窘(たしな)めたり拒絶する事も無く付き合っている。それは水月の成長をも認めているという事です。

大蛇丸には重吾の沈黙もまた同義でありましう。水月や重吾もまたサスケと長く関わっています。その中で数々の苦難を乗り越えて戦って来ました。そして、それは確かに「水魚の交わり」と言える関係であったと、僕は思うのです。そしてそういう関係の中でサスケだけでなく水月も重吾も磨かれたのです。大蛇丸はきっとそれを感じ心の中でガッツポーズを贈っているんじゃーないでしょうか。それが微妙に大蛇丸の口元を緩めた…。大蛇丸はサスケばかりでなく、水月や重吾もよく見ているのです。これからどんなことがあろうと、大蛇丸は彼らに「(もっと)頑張れ!!」とは言わないでしょう。大蛇丸の表情の全てに滲む「頑張ってるね!!」の親心に、僕は震える。そして大蛇丸はこう言った。

「アナタ達はもう蛇じゃない」

それはサスケを、水月を、重吾を…

大蛇丸が認めた!!祝福した!!

ということなのよ…続きます。


4,000,000(130205) | BLOG TOP | 第617話「忍び舞う者たち 其ノ弐」⑤

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