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第700+10話「その眼に写るもの」②

 
「落ち着けよ………」(ナルト)

「……」(シン君)

「………」(シン君)

「!!!」(シン君)



「九喇嘛…」(ナルト)

<ゾッ><ガク><ガク>(シン君)

ナルトはシン君「落ち着けよ…」と言ったんじゃーなくてガチでご立腹の九喇嘛に冷静になるように促してたのね。きっと放っておいたらシン君を殺しかねない勢いだったんでしょう。サスケはそんなナルトを「(相変わらず)甘い」と言うけれど、サスケも一気にシン君クローン軍団"天照"で燃やさずにいたし、刃物を持ち出さずにグーパン(須佐能呼のも含む)のみであしらってたじゃないのォー〜(ダメよダメダメ風)。でもそれよりもサラダに地面を勝ち割られ、ナルトの中で荒ぶる九喇嘛のチャクラの一睨みで後ずさりして白旗あげちゃうくらいの覚悟で”暁”を名乗ろうなんざ、そっちの方が甘い罠(笑)。これは多分、シン君が余りにも世間知らずだったからだと僕は考えます。

シン君にとって唯一の情報源シン(パパ)だった筈で、戦いの中で遺伝子は進化し続ける…みたいな偏った価値観を植え付けられて育ったのだと思うんですよ。その上、サラダ目玉オヤジグーパンで潰されて死んじゃうシン(パパ)が上限なんだから、九喇嘛が本気で牙むいてるの見たらお漏らししてもおかしくありません。この子らはちゃんと物事を学んでいませんから基本的な感情が、彼らの発する片言の言語より不足しています。その中で九喇嘛のチャクラに恐怖できたのは写輪眼の持つチャクラの感受性と、唯一開発されていた恐怖心が無用な争いを回避させたものと思います。つまり、シン(パパ)シン君らに「恐怖」だけは教えてた?…つーか恐怖シン君支配してたのかな?

しかし、シン君らの知識圧倒的に不足してたんなら外伝の初めの方でサスケと交戦して「ものすごく強い」サスケを評価したのが解せないのです。あの時、サスケは瞳力が弱ってたのかな?輪廻眼が閉じた状態だったにしてもサスケのチャクラをシン君写輪眼は感じられた筈でけど、少なくともシン君の足はすくんでいませんでした。シン君があんまりメンコイ男の子の姿をしてるからサスケが手を抜いてたのもあるでしょうが、シン君は冷静にサスケの力量を推し量っていました。これは九喇嘛のチャクラ<ゴクリ>と生唾を嚥下しながら後ずさりするシン君とは明らかに違うと僕は思うんですね。それで、もしかしたらサスケを交えたあの一体のシン君だけは他と違うんじゃないかな…って、

僕は考えているんです。御霊の有無…っていうのかな。話せば長いんだけど、シン(パパ)シン君らの遺伝子的な繋がりサラダ並みの懐疑心で僕は疑ってて、僕がシン君だったら間違いなく「父親探しの旅」に出る勢いです(クローンだけど)。肝心のシン(パパ)能力の説明が端折られてややこしいですが、うちは一族でないのに写輪眼を複製できる部分がどうも受け入れられなくてシン君オリジナルが別に居てシン(パパ)がそれを利用している可能性を示唆してるんじゃないかと僕は疑っているのです。つまり、シン君オリジナルからシン君らをクローン技術で複製して写輪眼やらその他の臓器シン(パパ)がかすめ取って使っていたという悪辣な構造が浮き上がってきて吐き気がします(笑)。

それと、肉体とは別に御霊(魂)が確かにこの世界では存在し穢土浄土を行き来してて、それに関わるのがチャクラであると既に定義(チャクラの真理)されてましたね。恐らくシン君オリジナルは既に死亡してて肉塊になってるか培養液に浮かぶ的な姿に成り果ててるんじゃないでしょうか。それで一度浄土に向かったシン君御霊穢土にて複製されたシン君の一体にまた降り立ったのがサスケと交戦したシン君だったんじゃないかな?と僕は考えるに至った訳です(長ッ!!)。肉体だけが命を構成するのではなく御霊が揃ってはじめて命たり得るのではないかと、改めてシン君クローン軍団を見てて僕にはそう思えたんです。それでシン君らに足りないのは教育だけじゃないなと僕は感じたのです。

シン君クローン軍団はこの後、木の葉隠れの里が提携するある施設に引き取られますが、このままだとその他大勢のシン君らの行く末が心配です。如何に忍術の万能を持ってしても、御霊までは増やせまいて(できるんなら大蛇丸が既にやってますって)。クローン技術量産されたシン君らには御霊が足りない筈なんです。だからいろいろと乏しいのではないでしょうか。誰かがそれに気付いてシン君らに御霊を降ろせたらいいのにな…と老婆心な僕はふと思ったりするのです。もう描かれないかも知れない部分だけど、それがチャクラの真理とやらの恩恵で先の大戦で失われた大勢の人々の御霊が還れる受け皿になれれば、無念の想いを噛み潰しながら逝ったネジ兄さんも浮かばれるのではないかと思ったりするのですが…誰か絵の上手い同人の方に描いて頂きたいなー。

続きまーす!!

 

第700+10話「その眼に写るもの」①

 
えーッ!!??映画公開まであと一ヶ月もあるのに終了ですか!!??キッ神はギリギリまで描かれてくれるものとばかり思っておりました。僕は久しぶりに感想を書いてて僕は楽しかったんですよ。そりゃいろいろと忙しかったけど楽しかったのです。このまままたキッ神週ジャンで描き続けられたらいいのになーと思ってたんですよ。もしも『BORUTO -ボルト-』キッ神が描かれるのなら僕だってもう一度!!とまで考えてたんですが、気持ちを入れて感想を書けば書く程、それも何か違うなーという気持ちが心の何処かに湧いて来ました。いやーッ!!困りました。気持ちの整理が付きません。僕としてはあと一ヶ月の猶予があってじっくりと考えられると思ってたものですから(汗)。

でも外伝もあっさりと終わったもんだわ。期待してた敵も存外ちっちゃくてペラッペラでしたね。それが”暁”を名乗った時には今度こそ”道”が出て来て<ドヤーッ!!>とばかりに僕は盛り上がる気満々だったのに(笑)。きっと、この後を映画が繋ぐんでしょうけど、何だか力が入らないんですよ。それと似た感覚が今回キッ神が描かれた外伝の10話からも僕には感じられるんだけど、違うかなー。兎に角、急にこんな感じに終わってしまって僕はほとほと困り果てました。心の準備ができてなくて。最後の感想を書かねばならんのですが少しお時間を頂戴できますか?

 

第700+9話「私が守る」④

 
<スッ…>「下がって
………サラダ」(サクラ)

<フラッ>(サクラ)

<ダッ>(サラダ)

「え!?」(ナルト)

「!?」(サクラ)


<ブン>(シン君)

(…ママは…私が…)<サッ>(サラダ)

「!?」(サクラ)

「!?」(ナルト)

「!?」(チョウチョウ)




<タン>(守る!!!)(サラダ)

<ガ>「しゃーんなろーがァ!!!」<ゴ>(サラダ)

カエルの子はカエル…と申しまして、親と子は同じように育つものです。それこそ遺伝子の為せる業(わざ)でありまして、決して鳶(とび)が鷹(たか)を生む事はない訳で、今にして思えばオビトがお面の下に顔を隠して自らを「トビ」と名乗ったのは自虐だったのかな…唯一人がその頂点に立てる写輪眼の一族悲哀に満ちた構造故の不運を呪うかの様で哀しいです。一方、おっちょこの水月がサラダと香燐の机で見つけた検体の遺伝子を照合して「香燐→サラダ」遺伝子的な繋がりが証明された事になって(ますけど…)サラダが道を踏み外しそうになってヒヤヒヤしてましたが、同じ道を歩んでてもおかしくなかったナルトがいい感じに(変なアレじゃなくて)サポって難を逃れております。

そしてキッ神の描き方悪意があるとしか思えませんが、サラダの写輪眼が敵の攻撃を見切り最小限の動きで華麗に捌(さば)き、モブキャラ・シン君クローン軍団を地面ごと蹴散らす拳一閃!!!いきなりの桜花衝会得みたいな展開で、カエルの子はカエルを見事に絵に描いてますけど…何か?(笑)これはどう見てもサスケとサクラの遺伝子だろーって声が聞こえてきます罠(笑)。ケルベロスはへそ曲がりでいつも描写やお話の流れと逆の感想を書く…みたいに自分でも思ってますけど、キッ神も相当なもんなので仕方ないかと思われます。いやー今さっき「香燐の子」って事で涙目だったサラダがここまでサスケとサクラをトレースしちゃうってどういう事!!??

あの検体って何ッ!!??

…となりますよね。ま、サラダの「香燐問題」はいい形で落とし込まれていくと思うので心配は要らないでしょう。それに、そもそもこの世界観の中では「親と子」よりも「師匠と弟子」の繋がりが描かれていやしませんか?そりゃ「血は水より濃し」なんだろうけど、あのシカクだってシカマルをアスマに託してましたもの。詳しくは「玉」(シカマルの考察)を参照してもらいたいのだけれど、この世界では子育て社会化される傾向が強くて、中でも師弟関係における師の存在がその子の人間性すら決してしまう程に大きいです。具体的にもナルトを一人の人間として立たせたのはその師匠である自来也の死でありました。あの一件こそが「忍とは何なのか?」をナルトが考え、その「答え」を見出すに至る確かな契機でありました。

なので、サラダも一緒に生活していたサクラが師匠でサラダが弟子みたいな関係性があって、知らず知らず桜花衝を伝承していた…というのでもいいかも知れないと僕は思っています。生物学的には香燐がサラダの親だけど、師としてサラダに関わったサクラの方がサラダに影響力が強いってことで、それは親以上の関係なんだよー…って事でいいと思うんですよ。事実、サラダはサクラと暮らす中で「心」を育んでいた訳で、それは未だ何者でも無かったサラダが「人」になっていったという事なのであります。親がなくとも子は育つ…っていうんですかね。しかしそれはただ身体が大きくなるだけだとダメで、ちゃんと「教育」が施されてなんぼなんだけど、僕はそこに「愛」(の本体)があるのだと思うんですね。

僕の中で「愛について」は既にはっきりとくっきりと「答え」があるんです。言語化も出来ています。それをここで書く事は容易いです。でも…そうするべきなんだろうか?疑問なのであります。僕なんかが簡単に書いていいんだろうかと思うんです。それは皆さんが気付くべき問題ではないかと僕は思うのです。教えられるべきではないと思うのです。だから僕はその「答え」の周囲を何度も何度も行き来して地面を削っているのだろうと気付きました。きっとキッ神『NARUTO -ナルト-』の中でナルト以外のキャラを描き、この作品をエッヂングのような手法で表現されたのも同じ想いではなかったのかと、こうして書きながら気付きました。書くとはそういう事なのだと気付いたのです。そして、これが考える事なのだとも…。

『NARUTO -ナルト-』とは正に「考える事」を要求する作品でありました。それが僕を魅了したこの作品の根幹でした。これはもう単なる漫画作品ではなく文学作品なんだと僕は思うんです。僕はこの作品に深く潜りました。時に刃でこの身を貫かれたり、大岩の下敷きになったり、業火に焼かれたり、それはもう痛い想いをしました。それ以上に笑い泣きもしました。こうして書きながら昔を思い起こしても涙が滲んで来ます。懐かしい。全てが懐かしいです。僕はこんなに素晴らしい作品に同じ時期に皆さんと出会えた幸せに心の底から感謝しています。何で僕がこうやって書くのか?書き続けるのか?それは僕が抱く「感謝」という気持ちが本物だからなんだろうと僕は思うんですよ。

本当に僕は感謝しているのです。僕を育ててくれた全てに。僕を教育してくれた全てに。僕に「心」を与えてくれた全てに。僕は少し前の感想でそれにしっかりと気付けたのであります。その時、僕の頭の中で除夜の鐘<ゴーン>と響くような何ともいえない感覚がありました。僕の想いというものの「芯」を絶妙に貫いた言葉。それが「恩義」でありました。それがあるから僕はこうして書いていたんだ…と僕は気付いたのであります。僕の中の言葉にならない想いに僕は「命」を与えたのだと思います。僕の「心」が見出した言葉。それは僕にとって「光明」そのものでありました。僕が僕として在る為の原理。そして書き切った感覚と共に、僕はケルベロスの成仏直面するのだけど…

このお話は後少し先に延ばさせて下さい。

第700+9話「私が守る」
ナル×ジャン ケルベロス


第700+9話「私が守る」③

 
(今だ…)「…!」(シン)

「…なんかでっけーのまで
出てきたけど……
あれもクローン?」(チョウチョウ)

<スッ>(目玉オヤジ)


<ズズ>(今のうちに…)(シン)

「!?」(シン君)

(予備の内蔵が必要だ…)(シン)

<ズズズ>(目玉オヤジ)

「!?」(ナルト)

(女子供ごと
連れていってやる!!)
(シン)

「サラダ!!」(サスケ)

「!」(サクラ)

<サッ>「分かってるてば!!」(サラダ)

「!!」(チョウチョウ)



「このォ!!」<ドム>(サラダ)

「………

死んだ……」(シン君)

何だかんだでクローンで増やされたシン君達造反シン瀕死になり、また破損した内蔵を移植する為に女子供(サクラとサラダ)を連れ去ろうと目玉オヤジを登場させますが、サラダが左正拳で姑息にも背後に忍び寄った目玉オヤジかち割ります。そしたらシンが死んじゃったので、どうやら目玉オヤジシン本体だったのかな…と僕は思いました。もしかしたらシンの脳は目玉オヤジにあったのかも知れません。柱間細胞の人造体は排泄等の生理機能を必要としないので、目玉オヤジくらいコンパクトに脳を生かし活動できるパッケージに詰め込めたのでしょう。しかし、そうなると「目玉オヤジの向こうに黒幕ちゃんがいる!!」という僕の期待は儚く消えてしまいます(笑)。

シン君が自我を有しシンを裏切った訳ですが、これも白ゼツ軍団が写輪眼のシン君達に取って代わっただけでモブ(群衆)キャラに変わりないので、彼らが台頭して世界を揺るがすとは思えません。そもそも自由に振る舞える人質の前で臓器移植手術をおっ始めるシンも間抜け過ぎて、ナルトが本気になれない気持ちがよく分かります。君ら、ホントに何がしたいの?みたいにナルトシン君を覗き込んでるじゃないですか?きっとそれがナルト不甲斐ない戦い方として僕らの目に映ってるんだと思います。それに対してガチ本気出してるサラダの厳しい事ときたらッ!!(笑)容赦なく目玉オヤジかち割りましたから!!ナルトはかなり冷静に全体を見渡そうとしてるんだと思います。

ナルトだってサラダくらいの頃とは大違いで、今は火影でもあるしサラダと同じ歳のボルトの父でもあるしいろいろと思うところがある…っていうか考えなきゃ行けない立場役割にある訳だ。しかし、サスケ目玉オヤジの登場をサクラではなくてサラダに告げたところに優しさがありましたな。サクラは相当疲れてましたから、それをサスケは知っててサラダに声を掛けたんですね。サラダ写輪眼覚醒も既にサスケは気付いてましたからサラダが適切に目玉オヤジに対処できる見立てもあったのだと思います。きっとサスケに大声で名前を呼ばれたサラダは嬉しかっただろうなー。信頼されてる!!って気持ち。子供とはこうやってドンドン自分の能力開発していくんだろうと思います。

子供はドンドン褒めた方がいいと僕は思います。ちょっとした事でも出来たら褒めて、ちょっとした事が出来なくてもその中で何かしら出来た事があったら褒めて、兎に角褒めて褒めて褒めちぎってあげるべきだと思います。僕らが何気なくしている事だって子供にしてみれば大変な事なんだから、子供らはデフォで頑張ってると思うんですよ。いつだって必死だと思うんですよ。だから何をする時も「頑張れ!!」じゃなくて「頑張ってるね!!」でいいんです。ナルト一歩下がったような戦い方には一緒に居る子供らに対する目配り気配りを感じます。カカシやヤマト、自来也なんてナルト恵まれた環境で育ったから当たり前かも知れないけど、懐の深いいい感じの大人になってくれましたね。

お話が流れてしまったけど、この分で行くとシン一派はこれ以上の闇を抱えてはいなさそうなので、シン君クローン軍団を片付けたら一件落着じゃーないですかね。そしたら残るはサラダの疑問…つまり、香燐問題に集約されるんじゃないでしょうか?ま、サラダの戦い方を見てたら明らかに…つーのがあって、アレはお節介&おっちょこちょい水月勇み足だったかと思うんだけど。この後、どういう風に映画にこのお話が進んで行くのかは興味深いところではありますね。それにボルトが全く絡んでこないし、怪しい思いっきり怪しい少年・ミツキ(だっけ?)も気になります。八月の映画公開まであと4話くらいなのかな。このままキッ神も『BORUTO -ボルト-』を描けばいいのにね。

続きまーす!!

第700+9話「私が守る」②

 
「………この辺りだ
ナルト感知を頼む」(サスケ)

「おう!」(ナルト)

<ドゴ>

<ゴゴゴゴ>「チィ!」(サクラ)

<ブン>(シン)

<ジュジュ>

「!?」(サクラ)


<ヒュ>「ぐっ!!」(シン)

<ドン>

<ゴゴゴゴ>


(何だ!?)(シン)

「!?」(シン)

<ガッ>「ぐっ!!」(シン)

<グッ>

「ぐあああ!!!」<ボキ><ボキ>(シン)


「ママ!!」(サラダ)

<ズボッ>(サスケ)

(天照!!)<ギン>(サスケ)

<ボッ>



「アナタ…ありがとう…」(サクラ)

「傷痕は自分で治せるな……」(サスケ)

「うん…」(サクラ)

「………」(サラダ)



「やっぱ瞳力戻ったサスケは
やりやがんな……」(ナルト)

「あーもう!
なんであちしのパパじゃなくて
サラダのパパなのじゃ!!」(チョウチョウ)

ナルトシン感知を依頼したところを見ると、サスケ輪廻眼も何でもお見通しではなさそうですね。サスケが「(シンの)位置が分かった」みたいに言ったのは大蛇丸からシンアジトの在処を教えてもらったのでしょう。それでカグヤの空間輪廻眼でアクセスして一番最寄りの出口を探し出して皆を運んだのだと思います。多分、ナルトからサクラの居場所を聞いてもサスケには正確にそれを把握できないと思うんだけど、須佐能呼の槍みたいな武器でいきなり切り込んでいますよね。これはサクラにもし当たっても創造再生があるから何とかなるっしょ!!みたいな大雑把なものだったと思います。ちょっとに感じられるでしょうが、サスケサクラを高く評価しているからだと僕は思いました。

サスケシンをサクッとシメた後にサクラに刺さったシンの刃物を抜くなり天照で燃やしてますよね。これは行動停止させたにしてもシン瞳力でまた操られてサクラを傷付けられないように刃物そのものを燃やし尽くしてしまう為です。天照なんて消耗の激しい能力サクラの為に使っちゃうところにもサスケサクラに対するが垣間見えて嬉しかったなー。きっとシンが懲りずに刃物の操りでサクラを攻撃なんかしたらサスケは同じように天照シンの攻撃を悉く燃やし尽くしてしまうんじゃーないでしょうか。黒炎だけにお熱い話やなー…なんてね(笑)。兎に角、サスケサクラをちゃんと評価し、尊敬しています。そして大切に想っていると、僕は感じています。

それをサラダ<ジトー>っと見ていますね(笑)。

一見冷たいとも取れるサスケの振る舞いがサラダのお年頃の女の子にどういう風に映るのかはおっちゃんには分かりませんが、見かけの冷たさに邪魔されずサスケ深層に在る温かみサラダに伝わればいいなーと僕は思います。ま、賢いサラダだからちっぽけな刃物天照なんて高負荷の忍術で排除するサスケサクラに対する想いが伝わるでしょう。ところで天照サスケの左目の輪廻眼で発動してますから瞳力に関しては下位互換基本巴永遠の万華鏡写輪眼の瞳術も輪廻眼で扱えるのでしょう。それで輪廻眼瞳力が整い過ぎの所為か天照「血の涙」が流れてないので、ここはサラダアピる為嘘でもいいから血を流しなよサスケと…

僕は心の中で叫んださー(笑)。

続きまーす!!


 

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